甲状腺と貧血,鉄欠乏性貧血,鉄剤による甲状腺ホルモン製剤チラーヂンSの吸収阻害[橋本病 バセドウ病 甲状腺機能低下症 長崎甲状腺クリニック 大阪]
甲状腺:専門の検査/治療/知見② 橋本病 バセドウ病 甲状腺エコー 長崎甲状腺クリニック大阪
甲状腺専門の長崎甲状腺クリニック(大阪府大阪市東住吉区)院長が海外・国内論文に眼を通して得た知見、院長自身が大阪市立大学(現、大阪公立大学) 代謝内分泌病態内科学教室で得た知識・経験・行った研究、甲状腺学会で入手した知見です。
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Summary
甲状腺機能低下症/橋本病、甲状腺機能亢進症/バセドウ病であらゆるパターンの貧血に。甲状腺機能低下症/橋本病は①エリスロポエチン産生低下で正球性貧血②鉄吸収・利用障害、過多月経の出血で鉄欠乏性貧血(小球性貧血)③葉酸・ビタミンB12吸収・利用障害の巨赤芽球性貧血(大球性貧血)。甲状腺機能亢進症/バセドウ病は①鉄消耗増加、鉄吸収・利用障害で鉄欠乏性貧血②葉酸需要増大で葉酸・VB12欠乏の巨赤芽球性貧血③自己免疫性溶血性貧血(AIHA)合併(大球性貧血)④消化性潰瘍出血で正球性貧血。鉄剤は甲状腺ホルモン製剤、レボチロキシン=チラーヂンSの吸収阻害。
Keywords
甲状腺,貧血,甲状腺機能亢進症,鉄剤,鉄欠乏性貧血,正球性貧血,小球性貧血,バセドウ病,橋本病,甲状腺機能低下症
甲状腺機能低下症/橋本病による貧血
甲状腺機能低下症患者の43%、潜在性甲状腺機能低下症患者の39%に貧血が認められます(Endocr J. 2012;59(3):213-20.)。
甲状腺機能低下症/橋本病に合併する貧血は、あらゆるパターンが考えられます(Pol Arch Intern Med. 2017 May 31;127(5):352-360.)。その頻度は正常球性貧血>大球性貧血>小球性貧血[Clin Endocrinol (Oxf). 2016 Apr;84(4):627-31.]。
- ①全身の代謝が低下。組織の酸素需要量が減り、血中酸素分圧が上昇→腎でのエリスロポエチン産生が低下
②甲状腺ホルモンが直接、骨髄の造血を刺激する作用が低下
して正球性貧血(最も多い)(Pol Arch Intern Med. 2017 May 31;127(5):352-360.)(診断と治療.2006;94:2057-61.)
- 鉄欠乏性貧血(甲状腺に合併する鉄欠乏性貧血)
- 葉酸またはビタミンB12の吸収障害・利用障害に基づく大球性貧血(2番目に多い)(巨赤球性貧血 葉酸欠乏性貧血)
主にビタミンB12欠乏が原因で、甲状腺機能低下症患者の約40%にビタミンB12欠乏があるとされます。
①経口摂取不良・腸管運動低下・腸管壁の浮腫による吸収障害 (J Pak Med Assoc. 2008;58:258-61.)
②全身の代謝が低下し、利用障害
③悪性貧血の合併[APS(多腺性自己免疫症候群)3B型]甲状腺機能低下症に伴う大球性貧血患者の3分の1で抗胃壁抗体が検出(Indian J Endocrinol Metab. 2012;6(Suppl 2):S361-3.)
④セリアック病の合併
葉酸に関しては、甲状腺機能低下によるメチレン テトラヒドロ葉酸還元酵素の低下によるメチルテトラヒドロ葉酸の生成障害が報告されています (Metabolism. 1994;43:1575-8.)。 - 自己免疫性溶血性貧血(AIHA)の合併(大球性貧血)(自己免疫性溶血性貧血と甲状腺)
甲状腺機能低下症に合併する貧血の特徴
甲状腺機能低下症に合併する貧血の特徴は、甲状腺機能低下により循環血漿量が減少しているため(要するに赤血球が濃縮される)、見かけ上、貧血の数値が良く出てしまうことです(誤って貧血を過小評価してしまう)。
甲状腺ホルモン剤(チラーヂンS)を補充して、循環血漿量が増えると本来の数値に戻るため(濃縮された赤血球が薄められる)、あたかも貧血が悪化したような錯覚をおこします。
甲状腺機能亢進症/バセドウ病では、40.9% に貧血を合併し、そのほとんどが鉄欠乏性貧血とされます。(Pol Arch Intern Med. 2017 May 31;127(5):352-360.)[Tunis Med. 2010 Nov;88(11):783-8.]。意外なことに、その具体的なメカニズはよくわかっていません。
- 鉄欠乏性貧血(甲状腺に合併する鉄欠乏性貧血)
- ①葉酸の需要増大による葉酸欠乏で巨赤芽球性貧血
②悪性貧血の合併(APS(多腺性自己免疫症候群)3B型)があると汎血球減少症になり、再生不良性貧血との鑑別が必要になります。(甲状腺機能亢進症/バセドウ病の汎血球減少)(AACE Clin Case Rep. 2020 Jun 23;6(6):e282-e285.)(Mo Med. 1996 Jul;93(7):368-72.)
(大球性貧血)
- 自己免疫性溶血性貧血(AIHA)の合併(大球性貧血)(自己免疫性溶血性貧血と甲状腺)
- 消化性潰瘍(胃潰瘍、十二指腸潰瘍)を起こし易く、出血による正球性貧血(甲状腺機能亢進症/バセドウ病と消化管潰瘍(胃十二指腸潰瘍))
があります。
全血球数は甲状腺機能が正常化した後に回復します[Tunis Med. 2010 Nov;88(11):783-8.]。
[Int J Mol Sci. 2023 Feb 8;24(4):3393.より改変]
鉄(Fe)は酸化還元反応と体内の酸素輸送に関与するため、人間の健康に不可欠です。甲状腺ホルモン合成の2つのステップは、ヘム依存性タンパク質である甲状腺ペルオキシダーゼ(TPO)によって触媒されます。鉄欠乏症は認知発達、免疫機能、妊娠に悪影響を及ぼします[Int J Mol Sci. 2023 Feb 8;24(4):3393.]。重度の鉄欠乏症は甲状腺ペルオキシダーゼ(TPO)活性を低下させ、甲状腺ホルモン合成を阻害する可能性があります。[Nutrients. 2023 Nov 15;15(22):4790.]
また、鉄欠乏症は甲状腺自己抗体[抗サイログロブリン抗体(TgAb)および抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(TPOAb)]の陽性率を有意に増加させます[Nutrients. 2023 Nov 15;15(22):4790.]。
甲状腺機能亢進症/バセドウ病では、全身の代謝亢進に伴う酸素需要量の増加から無効な赤血球過形成がおこり、鉄が有効に利用されないため鉄欠乏性貧血(小球性貧血)になるとされます。[Postgrad Med J. 1988 Oct;64(756):735-42.][Tunis Med. 2010 Nov;88(11):783-8.]
最近では、ヘプシジン(鉄代謝調節ホルモン)による鉄利用障害の関与も考えられています。慢性炎症のサイトカイン[特にインターロイキン-6(IL-6)]により肝臓でのヘプシジン産生が増加→マクロファージが貪食した赤血球由来の鉄を骨髄に転送するのを抑制。小腸上皮細胞の鉄放出(小腸上皮細胞を介する鉄吸収)を抑制[血球や腸粘膜上皮細胞のフェロポルチン(鉄くみ出しタンパク)を破壊]→鉄利用が障害される[Biosci Rep. 2015 Mar 31;35(3):e00192.][Gastroenterology. 2014 Mar;146(3):630-42.]
甲状腺機能が正常化するとヘプシジンが低下[Endocr Connect. 2020 Feb 1;9(3):234-242.]
甲状腺機能亢進症における鉄欠乏性貧血は、心血管系に対して更なる負荷を掛け、高拍出量性心不全や心房細動(Af)などの不整脈を増悪させる可能性があります。[Clin Cardiol. 2000 Jun;23(6):402-8.]
甲状腺機能低下症患者の52%が鉄欠乏性貧血を患っているとされます[Indian J Endocrinol Metab. 2012 Dec;16(Suppl 2):S361-3.]
- 食欲不振による経口摂取量の低下や甲状腺ホルモン不足による消化管での鉄吸収低下[Indian J Endocrinol Metab. 2012 Dec;16(Suppl 2):S361-3.](治療.2007;89: 2499-504.)
- 過多月経による出血量増加(特に子宮筋腫を合併している場合)
で鉄欠乏性低色素性小球性貧血:赤血球の原料となる鉄が不足すると、できあがった赤血球は小さく、大小不同の粗悪品になります。
- 特に橋本病(慢性甲状腺炎)が原因となる場合、慢性炎症に伴う貧血が追加される(鉄利用障害性貧血)。慢性炎症のサイトカイン[特にインターロイキン-6(IL-6)]により肝臓でのヘプシジン(鉄代謝調節ホルモン)産生が増加
→①貪食した赤血球由来鉄をマクロファージが細胞外へ放出するのを抑制。骨髄に鉄供給できなくなる(網内系ブロック)。②小腸上皮細胞の鉄放出(小腸上皮細胞を介する鉄吸収)を抑制[血球や腸粘膜上皮細胞のフェロポルチン(鉄くみ出しタンパク)を破壊]
→鉄利用が障害され、骨髄に鉄供給できなくなる(鉄利用障害性貧血)。血清フェリチン値は上昇する
[Biosci Rep. 2015 Mar 31;35(3):e00192.][Trends Pharmacol Sci. 2014 Mar;35(3):155-61.][Gastroenterology. 2014 Mar;146(3):630-42.]
甲状腺機能が正常化するとヘプシジンが低下[Sci Rep. 2019 Nov 7;9(1):16222.]
鉄欠乏および鉄欠乏性貧血は、甲状腺機能低下症における新陳代謝の低下をさらに悪化させます。
鉄欠乏性貧血の治療に使われる鉄剤は、甲状腺機能低下症/橋本病の治療薬チラーヂンSの吸収障害をおこします。チラーヂンSを吸着して複合体(キレート)を形成し、腸からの吸収を妨げます(当然、甲状腺機能低下症は悪化します)[JAMA. 2000 Jun 7;283(21):2822-5.][Ann Intern Med. 1992 Dec 15;117(12):1010-3.]。
すべての鉄剤(フェロミア®、クエン酸第一鉄ナトリウム、リオナ®、フェルム®、フェロ・グラデュメット®)の添付文書(薬の説明書き)には必ず相互作用として、「甲状腺ホルモン製剤、レボチロキシン(=チラーヂンS)」に対して、「チロキシン=T4(甲状腺ホルモン)の吸収を阻害する」と明記されているのに、ほとんどの医師・薬剤師は知りません。
鉄剤だけでなく、カルシウム剤・亜鉛製剤(あるいは、これらのサプリ)もチラーヂンSを吸着する(JAMA. 2000 Jun 7;283(21):2822-5.)(Ann Intern Med. 1992 Dec 15;117(12):1010-3.)
緑茶やコーヒーに含まれるタンニン(カテキン)は鉄剤の吸収を妨げます(コーヒーはチラーヂンSの吸収も妨げます)。タンニンの含有量が少ない番茶、ほうじ茶、玄米茶、ウーロン茶は鉄剤の吸収に影響しません(ただし、腸からの糖吸収を抑える特定保健用食品のウーロン茶は、チラーヂンSの吸収を阻害する可能性があります。)止瀉剤(下痢止め)のタンニン酸アルブミンも鉄剤の吸収阻害作用あり。
ただ、緑茶、コーヒーを1、2杯飲んだくらいで、それほど影響ないともされており、神経質になる必要はありませんが、不安に感じるなら、食前食後30分ほどは飲まないほうが得策です。
また、ヘリコバクター・ピロリ(HP)感染により、胃酸の酸性度が低くなると鉄剤・チラーヂンS両方の吸収が悪くなります。同時にヘリコバクター・ピロリ(HP)が鉄を消費します。ヘリコバクター・ピロリ(HP)除菌により、鉄剤・チラーヂンSとも吸収が良くなります。(ヘリコバクター・ピロリと甲状腺)
フェジン静注は、pH9.0-10.0のコロイド性鉄剤で、生理食塩液で希釈すると、電解質の影響でコロイド粒子が結合し沈殿します。10-20%のブドウ糖注射液で希釈。
鉄欠乏性貧血の身体所見は、
- 匙(さじ)状爪(スプーンネイル:spoon nail);爪の中央部分がスプーンのようにへこんで先が反りかえる状態。組織鉄の低下による。
- 舌乳頭萎縮;舌尖・舌縁部の糸状乳頭の萎縮による赤平舌(赤色平滑舌)。悪性貧血に伴うHunter舌炎3徴候の1つでもあります。
- 青色強膜;鉄欠乏によるコラーゲン合成障害。
鉄欠乏性貧血以外でも見られます
①骨形成不全症②マルファン(Marfan)症候群③Ehlers-Danlos症候群④偽性偽性副甲状腺機能低下症でも見られます。
以下は溶血型遺伝性球状赤血球症についてです。
球状赤血球は10%程度で、有口赤血球も認めます。球状赤血球は変形能が乏しく、物理的に脾臓を通過できずに血管外溶血します。間接ビリルビンが増加し、黄疸や胆石を認めます。
遺伝性球状赤血球症の検査所見は溶血に伴う
- 網状赤血球増加
- 間接型ビリルビン上昇
- LDH上昇
- ハプトグロビン低下
赤血球の浸透圧脆弱性試験で診断。しかし、鉄欠乏性貧血が合併してると遺伝性球状赤血球はマスクされ、診断が難しくなります。
摘脾の絶対適応。
摘脾後は髄膜炎菌/肺炎球菌感染による副腎クリーゼ(急性副腎皮質不全)、副腎出血に注意が必要です。(髄膜炎菌/肺炎球菌で副腎クリーゼ(急性副腎皮質不全)、副腎出血)
赤芽球癆(せきがきゅうろう)は、赤血球だけが減少する再生不良性貧血の一種です。赤芽球癆の原因は
- 伝染性紅斑の原因で無痛性甲状腺炎・橋本病の発症を誘発し、甲状腺癌と関連するヒトパルボウイルスB19(伝染性紅斑(リンゴ病)で無痛性甲状腺炎・橋本病発症)
- 感染症・膠原病・自己免疫疾患など(甲状腺癌/バセドウ病/橋本病/シェーグレン症候群も含まれます)
- 薬剤性赤芽球癆の原因として,甲状腺機能低下症もおこす抗てんかん薬フェニトイン,糖尿病・糖尿病性神経障害を悪化させる結核薬イソニアジド,エリスロポエチン(抗EPO抗体が出現するため)が有名。
成人急性貧血おこし、15%胸腺腫を合併。造血が妨げられるため、血清鉄、フェリチンは高値。骨髄では、異型巨大赤芽球が出現。
ヒトパルボウイルスB19による赤芽球癆(せきがきゅうろう)はほとんど自然軽快しますが、それ以外はシクロスポリン(寛解率95%)、副腎皮質ステロイド(有効率30-60%)使用します(Haematologica. 2008 Jan;93(1):27-33.)。
赤芽球癆(せきがきゅうろう)と胸腺腫
胸腺腫を合併した赤芽球癆に対する胸腺腫摘出術単独の貧血改善効果は0%(Blood98:483―485,2001.)。また、胸腺腫合併赤芽球癆41例中16例は胸腺腫摘出後に赤芽球癆を発症したとの報告もあります〔日内会誌 101:1937~1944,2012〕。
当然、抗胸腺細胞免疫グロブリンも無効です。
甲状腺機能低下症、下垂体機能低下症、副腎皮質機能低下症の内分泌疾患では、基礎代謝低下にともない赤血球産生能低下し症候性貧血がおこります。
鉄欠乏性貧血の次に多い貧血で、高年齢ほど高頻度で、高齢者貧血の約20%を占めます。
症候性貧血は慢性炎症や慢性感染症、自己免疫疾患(橋本病、バセドウ病に合併する膠原病など)、悪性腫瘍の症候性貧血(甲状腺癌末期)など、鉄を効率よく使えない鉄代謝障害です。
症候性貧血の検査所見は、
- MCV(平均赤血球容量)が80-100fLの正球性貧血が多いが、MCV<80fLの小球性貧血もあり
- 血清鉄(Fe)↓、総鉄結合能(TIBC)↓、フェリチン(貯蔵鉄)↑
症候性貧血治療は、
- 原因疾患の治療
- 貧血が強い場合、赤血球輸血
- 海外ではエリスロポエチン(日本では保険適用ない)
甲状腺関連の上記以外の検査・治療 長崎甲状腺クリニック(大阪)
長崎甲状腺クリニック(大阪)は
長崎甲状腺クリニック(大阪)は日本甲状腺学会認定 甲状腺専門医[橋本病,バセドウ病,甲状腺超音波(エコー)検査など]による甲状腺専門クリニック。大阪府大阪市東住吉区にあります。平野区,住吉区,阿倍野区,住之江区,松原市,堺市,羽曳野市,八尾市,生野区,東大阪市,天王寺区も近く。