橋本病とバセドウ病は入れ替わる-元は同じ自己免疫性甲状腺疾患[甲状腺機能低下症,甲状腺機能亢進症,無痛性甲状腺炎,長崎甲状腺クリニック 大阪]
甲状腺:専門の検査/治療/知見④ 橋本病 バセドウ病 甲状腺エコー 長崎甲状腺クリニック大阪
甲状腺専門の長崎甲状腺クリニック(大阪府大阪市東住吉区)院長が海外・国内論文に眼を通して得た知見、院長自身が大阪市立大学(現、大阪公立大学) 代謝内分泌内科で得た知識・経験・行った研究、甲状腺学会で入手した知見です。
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甲状腺の病気は一見、首だけのローカルな病気と誤解されますが、実は全身に影響し、他臓器の病気にかかわることが多いのです。
←昔、大阪市立大学(現、大阪公立大学) 附属病院で外来していた時は4診でした。
Summary
橋本病とバセドウ病は入れ替わる。元は同じ自己免疫疾患。橋本病(慢性甲状腺炎)の2.2%が甲状腺機能亢進症/バセドウ病に移行(出産後甲状腺炎・喫煙が関与)。甲状腺機能亢進症/バセドウ病の12.2%は橋本病(慢性甲状腺炎)からの移行。Th1優位は橋本病、Th2優位はバセドウ病、Th1/Th2比が逆転すれば、橋本病とバセドウ病が入れ替わる。橋本病ではTh1/Th2が大きい程、甲状腺機能低下症になりやすい。また、無痛性甲状腺炎は橋本病の亜急性増悪。萎縮性甲状腺炎はバセドウ病の別経路。素人判断でメルカゾールの効き過ぎを橋本病に移行したと勘違いしてはいけない。
Keywords
甲状腺,バセドウ病,甲状腺機能亢進症,橋本病,甲状腺機能低下症,無痛性甲状腺炎,萎縮性甲状腺炎,T細胞,Th1,Th2
橋本病とバセドウ病は、全くの別物ではありません。それどころか、根本は同じで、時としてバセドウ病から橋本病に、バセドウ病から橋本病に移行する事が多々あります。[Endocrine. 2023 Dec 20. doi: 10.1007/s12020-023-03634-x.][Cureus. 2024 Jan 19;16(1):e52598.]
例えば、甲状腺機能亢進症/バセドウ病で、メルカゾールなど甲状腺ホルモンを下げる薬が必要なくなり、その後、橋本病に移行。甲状腺機能低下症/橋本病で、甲状腺ホルモン剤(チラーヂンS)が必要なくなり、甲状腺機能亢進症/バセドウ病に変わったりします。
よくあるパターンは「若い時、バセドウ。齢(とし)いって橋本」と言うやつです。(当然、逆もあり)
橋本病とバセドウ病の根本は同じで、甲状腺に対する自己免疫です。甲状腺を破壊する自己免疫が橋本病、甲状腺ホルモン産生を刺激する甲状腺刺激ホルモン受容体(TSH受容体)に対する自己免疫がバセドウ病です。攻撃目標が異なるだけなのです。
自己免疫がどちらに向かうかは、HLA遺伝子により、ある程度規定されているのが通説です(HLA遺伝子がバセドウ病・橋本病の道を分ける)。
以下は、橋本病とバセドウ病でどのように免疫経路が分かれるかの説明です。
(Th1 and Th2 serum cytokine profiles characterize patients with Hashimoto's thyroiditis (Th1) and Graves' disease (Th2). Neuroimmunomodulation . 2004;11:209–213.)
(Expression of TPO and ThOXs in human thyrocytes is downregulated by IL-1α/IFN-γ, an effect partially mediated by nitric oxide. Am J Physiol Endocrinol Metab . 2006;291:242–253.)
(Balance of Th1/Th2 cytokines in thyroid autoantibody synthesis in vitro. Autoimmunity. 1999;30(1):1-9.)
Th1優位になれば橋本病、Th2優位になればバセドウ病になります。同一人物でもTh1/Th2バランスが変われば、橋本病とバセドウ病が入れ替わるのです。
- Th1優位(細胞性免疫;主なサイトカインはIL-2,INF-gamma,IL-12, IL-18)
- Th2優位(液性免疫;主なサイトカインはIL-4)
橋本病ではTh1/Th2が大きい程、甲状腺機能低下症になりやすいとされます。(Increases of the Th1/Th2 cell ratio in severe Hashimoto's disease and in the proportion of Th17 cells in intractable Graves' disease. Thyroid. 2009 May;19(5):495-501.)
※最近では、活性化され活動しているT細胞をエフェクターT細胞と呼ぶため、エフェクターTh1、エフェクターTh2、エフェクターTh17になります。
さらに、簡単に測れませんが、産業医科大学等の報告より、バセドウ病では
- インターロイキン6(IL-6)によるTh17[インターロイキン17(IL-17A)を産生するT細胞]増加;
甲状腺機能、TRAb、甲状腺腫大と相関し、治療後6ヶ月しても甲状腺腫大と同様に改善しない→甲状腺濾胞細胞の過形成→バセドウ病の難治化との関連が推察されます。 - Tfh細胞(濾胞ヘルパーT細胞)が増加(下記)
- Treg(制御性T細胞)の減少;Treg(制御性T細胞)はエフェクターCD8+ T細胞(細胞傷害性T細胞)を抑え、自己免疫免疫疾患の発症を防いでいる。Tregが少ないとバセドウ病が難治化
- エフェクター B細胞の増加;TRAbと相関
形質細胞様樹状細胞の増加;二次リンパ組織(リンパ節、粘膜関連リンパ組織、脾臓など)に存在
が関与するとの報告があります(Autoimmunity. 2014 May;47(3):201-11.)(Biomed Res Int. 2017;2017:8431838.)。
これは、アレルギーの機序と類似で、アレルギーがバセドウ病の再発に強く関連することを示唆します。
(バセドウ病のリンパ球フェノタイプ 産業医科大学医学部 第1内科学講座 HPより)
濾胞性ヘルパーT細胞(Tfh)は、二次リンパ組織(リンパ節、粘膜関連リンパ組織、脾臓など)の胚中心(図参照)で
- リンパ瀘胞の形成
- B細胞の記憶B細胞・形質細胞への分化を促進
する新規のヘルパーT細胞です(World J Hematol. Nov 6, 2014; 3(4): 118-127)。濾胞性ヘルパーT細胞(Tfh)には、3つのサブセットTfh1、Tfh2、Tfh17が存在します。
非コード領域の小さな一本鎖RNA(microRNA:miRNA)は、自身が翻訳される事無く(非翻訳RNA)、翻訳レベルでmRNAの3’UTR領域に相補的に結合、遺伝子発現を調整します。
一つのmiRNAは多種のmRNAに結合、細胞増殖やT細胞・B細胞分化を調節します。miRNA そのものは不安定ですが、エクソソーム(exosome;膜小胞)の安定した形で血液中に放出されます(Nat Rev Clin Oncol 8:467― 477,2011.)。
橋本病・バセドウ病ともにmicroRNA(miRNA)が、甲状腺細胞の増殖(Mol Cell Endocrinol. 2017 Nov 15;456:44-50.)、自己免疫異常の主体となるT細胞・B細胞に影響します(J Clin Endocrinol Metab. 2018 Mar 1;103(3):1139-1150.)。microRNA(miRNA:非翻訳RNA)の発現異常による炎症性サイトカインの亢進やTreg(制御性T細胞)の機能低下などが報告されています。
(東京都健康長寿医療センターHPより)
バセドウ病のDNAメチル化パターンは健常人とは異なりますが、DNAメチル化(エピジェネティクス)がどのようにバセドウ病の発症に関与するのか不明です。(Genomics. 2015 Apr;105(4):204-10.)
バセドウ病のTリンパ球・Bリンパ球では、低メチル化とDNAメチルトランスフェラーゼ(DNMT)のダウンレギュレーションが生じ、抗甲状腺薬治療で回復します。(Thyroid. 2018 Mar;28(3):377-385.)
上條甲状腺クリニックの統計では、
- 橋本病(慢性甲状腺炎)の2.2%が、甲状腺機能亢進症/バセドウ病に移行(「上條甲状腺クリニックの甲状腺疾患Q&A」より)
30歳代・50歳代に2相性ピークがあり、出産後甲状腺炎・喫煙が関与するとされます。
※喫煙がバセドウ病の発症因子であるのは言うに及ばず(禁煙指導;タバコは甲状腺の病気に悪影響)[Endocrine. 2023 Dec 20. doi: 10.1007/s12020-023-03634-x.]
女性ホルモンが急激に変動する出産は、免疫バランスが大きく変化します(出産後甲状腺炎)
(症例報告;第59回 日本甲状腺学会 P1-5-4 出産を契機に橋本病からバセドウ病に転じた1 例)
筆者の自験例は、84歳女性で、数十年間、甲状腺機能低下症/橋本病だったが、大腸がんの開腹手術を契機に甲状腺機能亢進症/バセドウ病に移行しました。
- 甲状腺機能亢進症/バセドウ病の12.2%は橋本病(慢性甲状腺炎)からの移行です。「上條甲状腺クリニックの甲状腺疾患Q&A」より
臓器移植などでよく耳にするHLA(ヒト白血球抗原:組織適合性抗原)は、個々人の遺伝型(HLA遺伝子)により決まっています。自己免疫を発症しやすいHLA遺伝子があって、バセドウ病と橋本病でも見つかっています。(ついに甲状腺にもHLA遺伝子診断)
- バセドウ病と橋本病発症に共通のHLA遺伝子;HLA-A2など[J Hum Genet. 2010 May;55(5):323-6.][Horm Res Paediatr. 2011;76(5):328-34.]
- バセドウ病発症のみに関与するHLA遺伝子;HLADPB1*0501[抗TSH受容体抗体(TRAb)産生に重要]など[PLoS One. 2011 Jan 28;6(1):e16635.]
が報告されています。
HLADPB1*0501が発現すると橋本病からバセドウ病へ移行すると言う仮説があります。(第61回 日本甲状腺学会 O3-5 橋本病からバセドウ病を発症した87例のHLA解析)(J Clin Endocrinol Metab. 2014 Feb;99(2):E379-83.)(PLoS One. 2019 May 15;14(5):e0216941.)
組織適合性抗原HLA-DRのアミノ酸が変化する(HLA-DRのアミノ酸多型)ことで、バセドウ病・橋本病いずれになるか決まるという報告もあります(J Autoimmun. 2008;30(1-2):58–62.)。
橋本病とバセドウ病の重症度は、免疫系の遺伝子により決まっているとの大阪大学の研究報告があります(Thyroid. 2009 May;19(5):495-501.)。
- 橋本病では、Th1サイトカイン優位になるIFN-γ(ガンマ)高産生型、IL-4(インターロイキン4)低産生型で重症化する。
- バセドウ病では、Th17サイトカイン優位になるIL-1β(ベータ)高産生型、TGFβ(ベータ)高産生型、IL-13低産生型で難治化する。
バセドウ病では、Treg(制御性T細胞)が少ないと難治化[Autoimmunity. 2014 May;47(3):201-11.]
また図より、
- 無痛性甲状腺炎が、橋本病の亜急性増悪
- 萎縮性甲状腺炎がバセドウ病の別経路であるのがわかります。
甲状腺機能亢進症/バセドウ病の治療を続けていると、バセドウ病の活動性が低下し、相対的に抗甲状腺薬MMI(メルカゾール)、PTU(プロパジール、チウラジール)が優位になります。甲状腺ホルモン合成を抑える薬の力が勝るため、甲状腺機能低下症に傾きます。
これはただ単にメルカゾール、プロパジール、チウラジールが効き過ぎているだけなので、橋本病に移行した訳ではありません。メルカゾール、プロパジール、チウラジールを減量すれば、甲状腺機能低下症→甲状腺機能正常に戻ります。(抗甲状腺薬の減らし方・中止基準・内服自己中断・バセドウ病が寛解(治まって安定する)し抗甲状腺薬をゼロにできるか?)
恐ろしいのは、患者が「バセドウ病から橋本病に移行した」と勝手に勘違いし、主治医の制止を振り切り、メルカゾール、プロパジール、チウラジールを中止してしまう事です。
中止してもメルカゾール、プロパジール、チウラジールは2週間くらい効いているため、一見、何の変化もありませんが、数カ月もすると甲状腺機能亢進症/バセドウ病が再発してきます。
そんな簡単に甲状腺機能亢進症/バセドウ病が治って橋本病に移行するなら、甲状腺専門医は必要ありません。
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長崎甲状腺クリニック(大阪)とは
長崎甲状腺クリニック(大阪)は日本甲状腺学会認定 甲状腺専門医[橋本病,バセドウ病,甲状腺超音波(エコー)検査など]による甲状腺専門クリニック。大阪府大阪市東住吉区にあります。平野区,住吉区,阿倍野区,住之江区,松原市,堺市,羽曳野市,八尾市,天王寺区,東大阪市,天王寺区,生野区,浪速区も近く。