ヨウ素(ヨード)と甲状腺 [日本甲状腺学会認定 甲状腺専門医 橋本病 バセドウ病 甲状腺超音波エコー検査 甲状腺機能低下症 長崎甲状腺クリニック 大阪]
甲状腺:専門の検査/治療/知見② 橋本病 バセドウ病 甲状腺エコー 長崎甲状腺クリニック大阪
甲状腺専門の長崎甲状腺クリニック(大阪府大阪市東住吉区)院長が海外・国内論文に眼を通して得た知見、院長自身が大阪市立大学医学部附属病院(現、大阪公立大学医学部附属病院) 代謝内分泌内科で得た知識・経験・行った研究、甲状腺学会で入手した知見です。
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甲状腺専門医療施設でも、一般内科でも「普通に常識量食べるならヨウ素(ヨード)制限は必要ない、過剰に食べなければ良い。」と言われる事がほとんどです。しかし、どこまでが常識量で、どこからが過剰量か知った上で言ってる医者は極少数です。
長崎甲状腺クリニック(大阪)では、診察時に個々の甲状腺患者さんの食生活・生活習慣をヒアリングしてヨウ素(ヨード)過剰摂取制限を指導いたします。(電話での対応はお断り致します。)
※ここで述べているヨウ素(ヨード)過剰摂取制限は、甲状腺の病気に対する日常の注意です。
ネットでも、よく混同されていますが、バセドウ病や甲状腺がんに対するアイソトープ(放射性ヨウ素; I-131)治療の数週間前から始める厳格なヨウ素(ヨード)摂取制限とは異なります[これは、甲状腺または甲状腺腫瘍にI-131を多く取り込ませ、放射線治療効果を上げるための一時的なヨウ素(ヨード)摂取制限])。
表は放射性ヨウ素内用療法の低ヨウ素食の実施方法とレシピ集[2020年版(八訂)]で、あくまで放射性ヨウ素内用療法を行う前後の一時的なものです[日本甲状腺学会雑誌. 2022 Dec;13(2):118-22.]。こんな食事を日常的に続けたら、栄養が偏り甲状腺以外の病気が多発します。
日常行うヨウ素(ヨード)過剰摂取制限は、ヨウ素(ヨード)が特に多い食品のみを要領よく避けるもので、緩いけれども効率的です。
Summary
日本は国際的にも稀なヨウ素(ヨード)過剰摂取国。ヨード(ヨード)は昆布、昆布だし、根昆布、ヒジキ、モズクに多く、ワカメ、海苔(のり)、寒天、魚、スピルリナは無視できる程。橋本病でヨード過剰摂取は①甲状腺組織の破壊促進②甲状腺ホルモン合成抑制(持続性ウォルフチャイコフ効果)③無痛性甲状腺炎誘発④甲状腺癌発生の危険⑤バセドウ病誘発。バセドウ病も甲状腺乳頭癌の発生、抗甲状腺薬メルカゾールが効き難くなる可能性からヨード過剰摂取制限すべき。日本の海沿いで異常量のヨウ素(ヨード)を摂取し甲状腺腫・甲状腺癌が多発する沿岸性甲状腺腫(海岸性甲状腺腫)地域がある。
Keywords
橋本病,ヨード,甲状腺,甲状腺ホルモン,ウォルフチャイコフ効果,無痛性甲状腺炎,甲状腺癌,バセドウ病,ヨウ素,甲状腺機能低下症
- ヨウ素(ヨード)と甲状腺
- バセドウ病とヨウ素(ヨード)
- うがい薬(イソジン/ポビドンヨード)で甲状腺障害
- 赤色3号・赤色105号
- 寿司と甲状腺
- スルピリナ・クロレラ
- 胃薬ヨウ化オキサピウム、不整脈治療薬 アミオダロン(アンカロン®)、皮膚科で使うヨウ化カリウム(KI)自体も要注意
- 皮膚からのヨウ素(ヨード)吸収
- ヨード造影剤と甲状腺
- 沿岸性甲状腺腫地方 /日本国内でもヨウ素(ヨード)摂取量に大きな違いがある
- 日本以外はヨウ素(ヨード)欠乏国、ヨウ素(ヨード)欠乏地域から日本へ海外赴任する外国人
- (おまけ)日本人の民族性はヨウ素(ヨード)過剰摂取によるのか?
- (おまけ)海藻類は誤嚥性肺炎・窒息の危険
- (おまけ)日本のヨウ素(ヨード)埋蔵量と生産量
以下はヨウ素(ヨード)過剰摂取を何年~何か月続けた場合、起こリ得る様々な害を説明したものです。毎日の事でなければ、時々、摂り過ぎるくらいは問題ありません。
例①:おせちで昆布巻(こんぶ巻)を食べ過ぎた⇒それくらい大丈夫です。
例②:造影CT(またはMRI)でヨード造影剤を使った。⇒毎月1回のペースで何か月も延々と続けなければ大丈夫です。
例③:風邪(かぜ)をひいたので、1週間イソジンでうがいした。⇒それくらい大丈夫です。
日本は国際的にも稀な海藻類を日常的に多く摂取する国で、日本人は海藻類[昆布(こんぶ)・ヒジキ・モズクなど]の摂り過ぎです。日本のヨウ素(ヨード)埋蔵量は国別で最も多く、日本の土壌には多量のヨウ素(ヨード)が含まれています(大昔、日本は海底だった)。そのため米にすら微量のヨウ素(ヨード)が含まれています。食品の成分表示で分かるように、かなりの食品にヨウ素(ヨード)エキスが入っていて、日本人はどんなにヨウ素(ヨード)摂取を制限してもヨウ素(ヨード)欠乏になりません。日本でヨウ素(ヨード)欠乏により甲状腺機能低下症を起こした報告は1例もありません。
ヨウ素(ヨード)の消化管からの吸収率は約50-77%、皮膚からは0.1%です。[Nihon Eiseigaku Zasshi. 1986 Dec;41(5):817-21.{日衛誌(Jpn.J.Hyg.)第41巻 第5号1986年12月}]
日本人の1日のヨウ素(ヨード)平均摂取量は0.5mg-3mg(500μg-3000μg)とされ、厚生労働省の推奨値0.13mg(130μg)、上限値2.2mg(2200μg)を超えています(Thyroid 18: 667-668,2008)。
WHO(世界保健機構)の勧告では、1日のヨウ素(ヨード)推奨量は250μg(0.25mg)で、
- 妊娠時は500μg(0.5mg)以上を過剰摂取
- 非妊娠時は300μg(0.3mg)以上を過剰摂取
としています(これじゃ、日本人の大半はヨウ素(ヨード)過剰摂取じゃん)。[Geneva, World Health Organization(WHO),2007]
インターネットが普及する前の昭和の時代には、海藻は体に良いので、どんどん食べろと言われていました。海草に多く含まれるヨウ素(ヨード)は甲状腺ホルモンの原料ですが、甲状腺の病気がない健康な人でさえ、1日のヨウ素(ヨード)摂取量が1.5mg(1500μg)を超えると甲状腺機能低下症をおこします(Metabolism. 1988 Feb;37(2):121-4.)。
※元々、甲状腺の病気がある人、遺伝的な素因のある人は、さらに甲状腺機能異常を起こしやすい。[ヨウ素(ヨード)過剰摂取の害]
表より、特に昆布(こんぶ)、昆布だし(こんぶだし)にヨウ素(ヨード)が過剰に含まれているのが分かります[根昆布(ねこぶ、根こんぶ)はケタ違いに多い]。次いで、ヒジキ、表にありませんがモズクです。ワカメ、海苔(のり)、寒天、魚は無視できるほどです。よって、長崎甲状腺クリニック(大阪)では、こんぶ(特に昆布だし)、ヒジキ、モズクの3点セットを制限するよう指導しています。
表には書いてありませんが、メカブ100g当たりヨウ素(ヨード)390μg(0.39mg)で少ない(ワカメの茎なので)けれども、毎日食べるのはお勧めできません。
厚生労働省が公示しているヨウ素(ヨード)摂取量の推奨値0.13mg/日に対し、昆布(こんぶ)わずか1gに含まれるヨウ素(ヨード)量でも10倍の1.3mgです。日本人のヨウ素(ヨード)過剰摂取は、昆布(こんぶ)、特に昆布出汁(こんぶだし)が最大の原因です(J Epidemiol. 2016 Dec 5;26(12):613-621.)。
日本人の食生活には、避けても避けても避けきれないヨウ素(ヨード)が含まれているため、どんなにヨウ素(ヨード)制限しても、ヨード欠乏になる事は無いのです。
甲状腺の病気がない健康な人でさえ、1日のヨウ素(ヨード)摂取量が1.5mg(1500μg)を超えると甲状腺機能低下症をおこします(Metabolism. 1988 Feb;37(2):121-4.)。
まして、既に甲状腺が悪い方には、ヨウ素(ヨード)過剰摂取の害は更に深刻で、摂取量が一日0.5mg(500μg=日本人の平均摂取量の下限値)以上になると甲状腺機能に異常が起こります。(Am J Clin Nutr. 2012 Feb;95(2):367-73.)
ほとんどの甲状腺の病気で共通する注意点は、ヨウ素(ヨード)の過剰摂取を制限することです(ただし常識量は可)。
ヨウ素(ヨード)の過剰摂取は、
日本人女性の約20%は、程度の差はあれ、自己免疫により甲状腺組織が破壊される橋本病(慢性甲状腺炎)を持っているとされ、ヨウ素(ヨード)により加算されるダメージは深刻です。
同時に、ヨウ素(ヨード)により、甲状腺に対する自己免疫が誘導され、橋本病(慢性甲状腺炎)になる可能性があります。ヨウ素(ヨード)過剰摂取国の日本で橋本病(慢性甲状腺炎)が異常に多い理由の1つと考えられます。
ヨウ素(ヨード)による甲状腺障害・自己免疫誘導の具体的なメカニズムは、まだ不明ですが、
- 過剰なヨウ素(ヨード)により、サイトカイン・ケモカイン産生が誘導され、甲状腺組織を障害する免疫細胞が集まる。(J Autoimmun. 1999 May; 12(3):157-65.)(Exp Mol Pathol. 2003 Feb; 74(1):1-12.)
特にIFN-γ、IL-4、IL-17が誘導されます(J Autoimmun. 1999 May; 12(3):157-65.)(Endocrinology. 2009 Nov; 150(11):5135-42.) - 甲状腺ホルモンを産生する甲状腺濾胞上皮細胞で、処理するヨウ素(ヨード)が多過ぎると、イオン化したヨウ素(ヨード)により酸化ストレスのレベルが上昇し、有毒な活性酸素(フリーラジカル)・過酸化脂質が発生。甲状腺組織傷害が起こる。(Endocrinology. 1995 Nov; 136(11):5054-60.)(Endocrinology. 2008 Jan; 149(1):424-33.)
サイログロブリンが酸化され抗原となる(Biochem J. 2001 Dec 15; 360(Pt 3):557-62.)→抗サイログロブリン抗体(Tg抗体)が誘導される。 - 甲状腺ホルモンを合成する過程で、サイログロブリンにヨウ素(ヨード)が結合すると、抗原となり、免疫細胞に攻撃される(Science. 1985 Oct 18; 230(4723):325-7.)→抗サイログロブリン抗体(Tg抗体)が誘導される。
などの説があります(Int J Mol Sci. 2014 Jul; 15(7): 12895–12912.)。甲状腺組織が遺伝子レベルで損傷すると発がんが起こる可能性もあります。
ヨウ素(ヨード)の過剰摂取は、甲状腺ホルモン合成過程でのヨード(ヨウ素)有機化を障害し、甲状腺ホルモン合成を抑制します[急性ウォルフチャイコフ(Wolff-Chaikoff)効果](J Biol Chem. 1948;174:555–564.)。
健康な人はヨウ素(ヨード)の過剰摂取が続いても、48時間以内に甲状腺内へのヨウ素(ヨード)取り込みが減少(Na-Iシンポーターが減少)して、急性ウォルフチャイコフ(Wolff-Chaikoff)効果が解除されます(エスケープ現象)。(Endocrinology 140:3404-3410,1999)(Clin Endocrinol Metab. 1975;40:435–441.)。
しかし、
- 橋本病(慢性甲状腺炎)
- 抗甲状腺薬(メルカゾール、プロパジール、チウラジール)治療後で寛解状態のバセドウ病
- アイソトープ(放射線、I-131)治療後バセドウ病
- 出産後甲状腺炎後
- 亜急性甲状腺炎後
- 甲状腺腫瘍で甲状腺半葉切除後
- 高齢者
- 胎児・新生児
- 透析患者
- 慢性肺疾患
- 神経性食欲不振症
などでは、エスケープ現象がおこらず、甲状腺ホルモンの合成が抑制され続けます[持続性ウォルフチャイコフ(Wolff-Chaikoff)効果](J Clin Endocrinol Metab. 1975;40:435–441.)。
甲状腺癌だけなら、持続性ウォルフチャイコフ(Wolff-Chaikoff)効果が起こらないとされます(Cancer. 1988 Apr 15;61(8):1674-8.)。
甲状腺の病気が無い健康成人のヨウ素(ヨード)と甲状腺機能の関係
日本甲状腺学会が行っている大規模な調査において、甲状腺の病気が無い(過去にした事も無い)健康成人2,087名の中でヨウ素(ヨード)超過剰摂取者(3000μg=3.0mg/日以上)と、それなりに過剰摂取者(3000μg/日未満)の甲状腺刺激ホルモン(TSH)値を比較すると、前者が有意に高いが、正常範囲だった様です(TSH 2.687 vs 1.919 μIU/mL)。
(第62回 日本甲状腺学会O1-2 健康成人におけるヨウ素摂取量と甲状腺機能との関連についての全国調査)
※日本人の1日におけるヨウ素(ヨード)平均摂取量は0.5mg-3mg(500μg-3000μg)とされ、厚生労働省の推奨値0.13mg(130μg)、上限値2.2mg(2200μg)をはるかに超えています(Thyroid 18: 667-668,2008)。
甲状腺の病気がない健康な人でさえ、1日のヨウ素(ヨード)摂取量が1.5mg(1500μg)を超えると甲状腺機能低下症をおこす可能性があります(Metabolism. 1988 Feb;37(2):121-4.)。
いくら正常範囲と言っても、ヨウ素(ヨード)が甲状腺ホルモン合成を抑制しているのは明らかです。しかもTSH 2.687 μIU/mL >2.5 μIU/mL は妊娠可能女性なら潜在性甲状腺機能低下症として不妊症・習慣性流産・不育症の原因になるため、例え甲状腺の病気が無い人でもヨウ素(ヨード)過剰摂取は良くないと思います(潜在性甲状腺機能低下症で不妊症・習慣性流産・不育症)。
さらに恐ろしいことに、甲状腺乳頭癌になった人は、バセドウ病・橋本病だけの人と比べて、かなり多くのヨード(ヨウ素)を摂取していたとする研究が複数(最低でも17論文)あります。
結論は、
- 甲状腺乳頭癌のサイズとヨード(ヨウ素)摂取量は関連がある
- ヨード(ヨウ素)過剰摂取地域(要するに日本)では、ヨード(ヨウ素)摂取量と甲状腺乳頭癌の発生に有意な関連がある;東京の国立がんセンター Japan Public Health Center-based Prospective Study Groupの論文(Eur J Cancer Prev. 2012 May; 21(3):254-60.)
に集約されます。逆に、その因果関係を否定する論文は見当たりません。
ヨード(ヨウ素)が甲状腺乳頭癌特有のBRAFという遺伝子の変異、MAPキナーゼ1[Mitogen activated protein kinase 1 (MAPK1)]活性化などをおこさせるためと考えられます。
(Tumour Biol. 2014 Nov;35(11):11375-9.)(Biol Trace Elem Res. 2018 Aug;184(2):317-324.)(Head Neck. 2017 Aug;39(8):1711-1718.)(Cell Physiol Biochem. 2017;43(4):1325-1336.)
「2. 甲状腺ホルモンの合成を抑制(持続性ウォルフチャイコフ効果)」により、血中甲状腺ホルモンが低下すると、脳下垂体からのTSH(甲状腺刺激ホルモン)分泌が増えます。
TSH(甲状腺刺激ホルモン)は、正常な甲状腺組織を刺激するだけでなく、TSH受容体を持つ甲状腺良性腫瘍( 腺腫様甲状腺腫 良性濾胞腺腫 )・甲状腺分化癌( 甲状腺濾胞癌 甲状腺乳頭癌 )も刺激します。刺激により、腫瘍細胞の増殖が促進され、腫瘍のサイズが増大するとされます。
ヨード(ヨウ素)の過剰摂取が甲状腺機能亢進症/バセドウ病を発症させる場合があります(通常は甲状腺機能低下症をおこすか、無痛性甲状腺炎を誘発)。(第54回 日本甲状腺学会 P196 昆布ダイエットを契機にバセドウ病及びバセドウ病眼症を発症した一例)[Best Pract Res Clin Endocrinol Metab. 2020 Jan;34(1):101387.][Thyroid. 2001 May;11(5):493-500.]
ヨウ素(ヨード)過剰領域のバセドウ病患者では、バセドウ病活動性抗体(TSAb)陽性率が91.7%で、軽いヨウ素(ヨード)欠乏地域の66.7%と比べ有意に高い(Zhonghua Nei Ke Za Zhi. 2006 Feb;45(2):95-9.)。
また、抗甲状腺薬(ATD)を服用している甲状腺機能亢進症/バセドウ病患者において、ヨード(ヨウ素)欠乏(日本ではありえない)とヨード(ヨウ素)過剰摂取は、再発率の上昇、寛解率の低下に関連する。[Front Endocrinol (Lausanne). 2023 Oct 11;14:1234918.]
以前に抗甲状腺薬治療を受けて、現在は寛解しているバセドウ病患者の再発率を上げる[J Clin Endocrinol Metab. 1993 Apr;76(4):928-32.]。
バセドウ病に対するヨウ素(ヨード)制限に一定の見解はなく、某有名甲状腺専門病院のホームページでも「ヨード(ヨウ素)を制限する必要はないだろう」と述べています。
甲状腺機能亢進症/バセドウ病におけるヨウ素(ヨード)過剰摂取制限は
- 初期治療での抗甲状腺薬(メルカゾール等)の効果を高めない(J Endocrinol Invest. 2006 Apr; 29(4):380-4.)
※ただし、寛解率を長期的に調べた報告では、ヨウ素(ヨード)過剰摂取制限でバセドウ病寛解率が上がる(J Clin Endocrinol Metab. 1985 Aug; 61(2):374-7.)(Ann Intern Med. 1987 Oct; 107(4):510-2.)
基礎実験の話ですが、慢性的なヨウ素(ヨード)過剰摂取は、抗甲状腺薬の甲状腺濾胞細胞細胞への取り込みを減らし、かつ排泄を促進するため治療効果が弱まる。(Endocrinology. 1976 Apr; 98(4):1031-46.)
- 寛解後の1年間における再発率を減らさない(Eur Thyroid J. 2015 Mar;4(1):36-42.)
※ヨウ素(ヨード)欠乏地域では再発率を減らすとの報告あり(Lancet. 1965 Oct 30;2(7418):866-8.)
とする報告があります。これは、その通りだと思います。
しかし、数年~数十年の単位で考えた場合、以下の様になります。
- 「バセドウ病と橋本病はコインの裏表であり、両方の抗体が併存し、どちらに行くかはTh1/Th2リンパ球の比率による」のです(橋本病とバセドウ病は入れ替わる---元は同じ自己免疫性甲状腺疾患 )。
よって、バセドウ病であっても、ヨード(ヨウ素)の過剰摂取は、
①甲状腺組織の破壊を促進
②無痛性甲状腺炎(痛みを伴わない甲状腺の亜急性破壊)を誘発(特にバセドウ病の寛解期に起こる事があります)
する可能性があります。
最近では、軽症バセドウ病にヨウ化カリウム(KI)単独投与を数か月~年単位行う甲状腺専門病院があります[筆者は懐疑的なヨウ化カリウム(KI)単独療法]。それはヨード(ヨウ素)過剰摂取と同じ状態になり、無痛性甲状腺炎、破壊性甲状腺炎[アミオダロン誘発性甲状腺中毒症2型(破壊性甲状腺炎型)と同じ原理]を引き起こす可能性があります(Intern Med. 2021 Jun 1;60(11):1675-1680.)。
- バセドウ病の1.3%に甲状腺乳頭癌が発生するとされます(バセドウ病と腫瘍・癌)。一方で、ヨード(ヨウ素)の過剰摂取は甲状腺乳頭癌の発生に関連し、乳頭癌特有のBRAFという遺伝子の変異を起こさせます。
- 甲状腺ホルモンが正常化していない不安定な状態での造影CT(またはMRI)は禁忌で、ヨード造影剤を使うと死亡率10%の甲状腺クリーゼをおこす危険があります
- ヨード(ヨウ素)の過剰摂取で、甲状腺機能亢進症/バセドウ病を発症・増悪・再発させる。
- ヨード(ヨウ素)の日常的な過剰摂取で、抗甲状腺薬メルカゾールが効きにくくなる事があります。
京都市立病院の報告によると、料亭板前見習いの25歳男性バセドウ病患者は、職業上、大量の昆布出汁を試飲して、尿中ヨード(ヨウ素)排泄量1490μg/g・Cre と高値。メルカゾール60mg(12錠)まで増量したが甲状腺機能改善せず。ヨード(ヨウ素)制限を行って6週目に尿中ヨード(ヨウ素)排泄量68μg/g・Creまで低下すると共に、甲状腺ホルモンが下がり出したため、甲状腺全摘術施行したそうです。
原因として、抗甲状腺薬メルカゾールは甲状腺ホルモン合成酵素である甲状腺ペルオキシダーゼ(TPO)のヨード(ヨウ素)有機化作用[ヨード(ヨウ素)をチロシンに結合させる作用]を阻害しますが、多量のヨード(ヨウ素)は阻害効果を減弱させるためと推察されます。
(第59回 日本甲状腺学会 P1-2-4 ヨード過剰摂取によりチアマゾールの薬効が阻害されたと考えられた一例)
これを知っていれば「気にせずにヨード(ヨウ素)を普通にとってかまいません。」などとは、とても言えないと思います。
赤色3号・赤色105号はチェリー・福神漬・紅生姜・梅干・赤ソーセージ等に使われる赤色色素です。ヨード(ヨウ素)が含まれていますが、毎日多量に食べなければ大丈夫です。医療機関で処方される薬
- フルイトラン錠®(トリクロルメチアジド錠);高カルシウム血症、高尿酸血症(痛風)、光線過敏症も起こすので、可能なら変更した方が良いと思う
- メキシチールカプセル®(メキシレチン)
- ハルシオン0.125mg錠®(トリアゾラム);認知症の原因になるので、できるだけ変更した方が良い
- ビタメジンカプセル;ただのビタミン剤だが、赤色の付いていない他剤に変更をお勧めします。
にも含まれています。毎日の事になるので、他の薬で代用が可能なら変更した方が良いでしょう。
クロレラが免疫系に作用するか定かでなく、「インフルエンザ等への免疫を高める」ことは証明されていません。甲状腺機能低下症/橋本病に合併する関節リウマチなど自己免疫疾患には念のためクロレラの使用を控えた方が良いでしょう。
最近、あまり使われなくなりましたが、胃薬ヨウ化オキサピウム(エスペラン、トイペラン、オキサペラン、アリプロイド、エスパレキサン錠®)も1錠あたり2.7mgと多量のヨード(ヨウ素)を含みます。毎日の服薬であるため、自ずとヨード(ヨウ素)過剰摂取になります。化学式はC22H34INO2です。
不整脈治療薬 アミオダロン(アンカロン®)もヨード(ヨウ素)を大量に含んで甲状腺機能障害を起こします(不整脈治療薬 アミオダロン(アンカロン®)が引きおこす甲状腺機能異常 )。
ベーチェット病などが原因で起こる結節性紅斑の治療に、1日400~900 mgの大量ヨウ化カリウム(KI)が投与されると、無痛性甲状腺炎・甲状腺機能低下症を起こします(結節性紅斑の治療で無痛性甲状腺炎・甲状腺機能低下症)。
ヨード(ヨウ素)は気管支粘膜の分泌促進、粘液の粘度を低下させるため、去痰作用(痰を切る効果)があります[大量ヨウ化カリウム(KI)の添付文書に書かれています]。 しかし、実際に去痰目的で使用されているのを見た事はありません。
日本人のヨウ素(ヨード)必要量0.1mg(100μg)/日、平均摂取量1-3mg(1000-3000 μg)/日であるのに対し、海沿いで甲状腺腫(甲状腺の腫れ)が多発する沿岸部甲状腺腫地方では30mg/日(300倍)と異常量のヨウ素(ヨード)[日常の食事に10~20gの昆布(こんぶ)が含まれる]を摂取しています。そして、沿岸部甲状腺腫地方の甲状腺癌発生率は高い。北海道沿岸地域が代表的で、沿岸性甲状腺腫(海岸性甲状腺腫)が初めて報告されたのは日高、礼文、利尻の調査(Study of "seashore goiter" in Hokkaido.)でした[Jpn J Med Sci Biol. 1962 Sep 10;51:781-6.]。(第59回 日本甲状腺学会 専門医教育セミナーⅡ)
日本国内でもヨウ素(ヨード)摂取量に大きな違いがあります。
公益財団法人成長科学協会の調査によると、北海道と北陸地方は特にヨウ素(ヨード)摂取量が多い。
第60回 日本甲状腺学会の調査報告によると、各地の企業検診で952名の尿中ヨウ素濃度を調べた結果、中央値は215 μg/gCre
- 関東地域:125.5-151.0 μg/gCre
- 北海道厚岸郡:248 μg/gCre
- 神戸市(兵庫県、港町):302.5 μg/gCre
- 宇土市(熊本県、島原湾に近い):222 μg/gCre
(第60回 日本甲状腺学会 O2-1 食品からのヨウ素摂取量が甲状腺機能に及ぼす影響について)
関東地域は少ないですが、理由は不明。関東の人は、昆布(こんぶ)(汁含む)・ひじき・モズクを、あまり食べないのだろうか?(関西人の筆者には分かりません)。北海道厚岸郡が多いのは理解できます。神戸市で多いのはなぜだろうか?大阪で甲状腺診療をしてる筆者の経験からすると、大阪人はとにかく昆布(こんぶ)(汁含む)・ひじき・モズクの摂取量が多い。神戸市も同じと考えるなら納得できます。
第65回 日本甲状腺学会の臨床重要課題では、学童の随時尿中ヨウ素濃度(UIC)の中央値が最も高いのは北海道中標津町で1071 μg/L、最も少ないのは種子島で209 μg/L だったそうです(第65回 日本甲状腺学会 R-5 日本人のヨウ素栄養状態の全国実態調査)。
ただ、この調査報告の問題点は、
- 学童を対象としており、成人のデータではない。高齢者と学童が同じヨウ素(ヨード)摂取量のはずは無く、昆布(こんぶ)をたんと食べる高齢者は珍しくありませんが、昆布(こんぶ)を多く食べる学童は変わり者です。
また、WHOは学童の随時尿中ヨウ素濃度(UIC)の中央値を地域住民全体のヨウ素(ヨード)摂取量の指標としていますが、あくまで高齢者と学童が同じヨウ素(ヨード)摂取量であるのが前提です。日本のように高齢者と学童で極端に異なる国は想定していません。
- 単位がμg/Lと尿中クレアチニン(Cr、要するに筋肉量)で補正されていないため、体型・体格・成長具合によりばらつきが大きくなります。大きな欧米人の学童と、小柄なアジア人の学童を単純比較する結果となり、正確な比較にはなりません。
日本甲状腺学会で非常に興味深い動物実験の結果がありました(あくまで動物実験です)。ヨウ素(ヨード)過剰摂取による脳機能発達への影響を調べるため、生後10週のマウスに20倍量ヨウ素(ヨード)を投与して行動実験を行います。結果、甲状腺濾胞の肥大傾向あるも甲状腺ホルモン値に異常なし、雌マウスで学習獲得能の上昇を認め、雄マウスでは社会的新奇探索性の低下を認めました。(第62回 日本甲状腺学会 P2-2 マウスモデルを用いた慢性ヨウ素摂取過剰による脳発達への影響 の解明)
雄雌を度外視すれば、日本人の民族性に当てはまるような気がします。例えば、戦国時代の鉄砲(種子島)。日本人が発明した訳ではありません、種子島で南蛮人から譲り受けた鉄砲を独自に改良し量産化してしまいます。物理・化学・数学・・、科学の法則は皆、西洋で探求されたもの。ヨウ素(ヨード)過剰摂取は日本人の民族性に影響しているのでしょうか?
海藻類はヨウ素(ヨード)が多いだけでなく、食物繊維も豊富なため、
- 嚥下機能の低下した高齢者
- 甲状腺癌の反回神経浸潤、甲状腺手術後の反回神経麻痺
の方が(よく噛まずに)食すると、
- 誤嚥(誤嚥性肺炎・びまん性誤嚥性細気管支炎)
- 喉(のど)に詰めて窒息[モチを喉(のど)に詰めて輪状甲状間膜切開]
する危険性があります。
寒天・みつ豆(天草という海藻)、ワカメはヨード(ヨウ素)含有量が少なく、甲状腺機能低下症/橋本病におけるヨード(ヨウ素)過剰摂取制限の対象になりません。しかし、甲状腺機能低下症の腸管運動が低下した状態で、これらをツルツルッと、よく噛まずに食べると、腸内で水分を含んで膨張し、食餌性腸閉塞をおこす危険があります。(食餌性腸閉塞[昆布(こんぶ)、ワカメ、寒天・みつ豆])
日本のヨウ素(ヨード)埋蔵量は国別で最多ですが、生産量が最も多いのはチリです。日本のヨウ素(ヨード)生産量は世界の約30%を占め、チリに次いで2位です。
日本のヨウ素(ヨード)の大多数は、千葉県の南関東ガス田で生産されます。かつては海藻を原料としたヨウ素(ヨウ素)生産でしたが、現在は天然ガスかん水(メタンガスとヨウ化物イオンを含有する塩化ナトリウム濃度約 3% の塩水)を原料として精製されます。チリでは硝石を原料としてヨウ素(ヨード)を生産しています。
[化学と工業 2017 Jul;70-7:596-598.]
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