バセドウ病抗体 TRAb(TSHレセプター抗体)[日本甲状腺学会認定 甲状腺専門医 橋本病 バセドウ病 甲状腺エコー検査 長崎甲状腺クリニック 大阪]
甲状腺:専門の検査/治療/知見① 橋本病 バセドウ病 専門医 長崎甲状腺クリニック(大阪)
甲状腺専門の長崎甲状腺クリニック(大阪府大阪市東住吉区)院長が海外・国内論文に眼を通して得た知見、院長自身が大阪市立大学 代謝内分泌内科で得た知識・経験・行った研究、甲状腺学会で入手した知見です。
長崎甲状腺クリニック(大阪)以外の写真・図表はPubMed等で学術目的にて使用可能なもの、public health目的で官公庁・非営利団体等が公表したものを一部改変しています。引用元に感謝いたします。
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バセドウ病で長崎甲状腺クリニック(大阪)を受診される方への注意
バセドウ病患者のメルカゾール、チウラジール、プロパジール投薬開始(再開・増量)後は、
- 頻回の副作用チェックが必要
- 生命にかかわる危険な副作用(無顆粒球症 など)が起きた時に、遠隔地の患者では対応できない
ため、①バセドウ病治療は大阪市と隣接市の方に限定、②メルカゾール、チウラジール、プロパジールを自己中断された方はお受けできません。
バセドウ病はTSHレセプター抗体(TSH Receptor Antibody:TRAb)が甲状腺を無制御に刺激するためおこります。TRAbには以下の
3種類が含まれます。通常のバセドウ病におけるTSHレセプター抗体(TRAb)は刺激型のTSAbです。
Summary
バセドウ病はTSHレセプター抗体(TRAb)が甲状腺を無制御に刺激する病気で通常は刺激型のTSAb。TRAbの主流は第3世代TRAb(ECLIA)①バセドウ病と診断できるカットオフ値は2.0 IU/L(正常値と意味が違う)②バセドウ病の活動性と必ずしも一致せず③無痛性甲状腺炎でも上昇④0-30分で測定でき感度98.3%、特異度99.2%⑤軽度・初期のバセドウ病では陰性が多く、80%は遅れて陽性⑥発色剤ルテニウム標識されたM22モノクローナルTRAbに患者血清中の抗ルテニウム抗体が影響し偽高値、第2世代TRAb(RIA)で再測定すれば正確な値。
Keywords
バセドウ病,TSHレセプター抗体,TRAb,甲状腺,ECLIA,特異度,カットオフ値,陰性,甲状腺機能亢進症,感度
- バセドウ病とTSHレセプター抗体(TSH Receptor Antibody:TRAb)
- TRAbの測定法
- バセドウ病と診断できるTRAbの値
- TRAbはバセドウ病の活動性と必ずしも一致しない
- バセドウ病以外でのTSHレセプター抗体(TRAb)上昇
- TRAb(ECLIA)のカットオフ値2.0IU/l以上なら、無痛性甲状腺炎でなく甲状腺機能亢進症/バセドウ病と診断できるか?
- TRAb陰性甲状腺機能亢進症/バセドウ病
- 甲状腺機能亢進症/バセドウ病再発時
- 例外的にTRAbが、TSAb(TSHレセプター抗体[刺激型]; 甲状腺刺激抗体) に先行する事も
- TRAb(ECLIA)の偽高値
- 刺激も阻害もしない不活性型(neutral)TRAb
バセドウ病は、TSHレセプター抗体(TSH Receptor Antibody:TRAb)が甲状腺を無制御に刺激するためおこります。通常のバセドウ病のTSHレセプター抗体(TRAb)は刺激型のTSAbですが、TSAb測定は甲状腺細胞が産生するcAMPを測るため時間も費用も掛かり、特殊な場合を除き最初から測りません。TSHレセプター抗体(TRAb)=TSAbと言う前提のもとに、TSHレセプター抗体(TRAb)を測定します。
第1世代TRAbは、測定法によりTBII(thyrotropin binding inhibitory immunoglobulin)と呼ばれ、陰性基準値が-10.0~10.0%と、マイナス値になる事自体、かなり信頼度が低い検査です。感度87.5%、特異度87%と報告されていますが、実際のところ軽い甲状腺機能亢進症/バセドウ病の診断にはほとんど役に立ちません[Pathol Biol (Paris). 1990 Feb;38(2):113-8.]。前世紀の遺物と言えますが、2019年になっても、いまだに測定している医療機関があるのが現実です。第1世代TRAb 15.2%を陽性と判断し、破壊性甲状腺炎(無痛性甲状腺炎)をバセドウ病と間違えられた報告があります。(第61回 日本甲状腺学会 O33-3 TRAb(第一世代)陽性によりバセドウ病として治療されていたが、 核医学検査にて破壊性甲状腺炎と診断し得た一例)
第2世代TRAb(RIA)は精密ですが、測定に日数を要するため、第3世代TRAb(ECLIA)の偽高値が疑われる時などに限り測定します。またRIAはラジオイムノアッセイで、放射性同位元素を使用するため環境にも、人(検査センターの人)にも優しくありません。[Thyroid. 2000 Dec;10(12):1073-9.]
現在、TRAb測定の主流は第3世代TRAb(ECLIA)で、バセドウ病と診断できるTRAbの値(カットオフ値)は、2.0 IU/L となっています。あくまでバセドウ病と破壊性甲状腺炎(無痛性甲状腺炎・亜急性甲状腺炎)を鑑別できる最も確かな値(カットオフ値)であり、正常値(正常な健康人の値)でない点が重要です。つまり、正常値は1.0 IU/L 未満で、1.0~2.0 IU/L はグレーゾーン(境界域)です。
TRAbはバセドウ病の活動性と必ずしも一致しません。確かに、TRAbが異常高値なら、甲状腺ホルモンも異常高値なのは異論の無い事です。しかし、逆は言えないのです。甲状腺ホルモン異常高値でも、TRAbが同程度に高いとは限りません。また、甲状腺ホルモン軽度高値でも、TRAb異常高値の事もあります。バセドウ病の活動性は、TSAb(TSHレセプター抗体[刺激型]、甲状腺刺激抗体)の方が良く反映します。(TRAbとTSAbの違い)
筆者の経験でも、潜在性甲状腺機能亢進症なのにTSAb(TSHレセプター抗体[刺激型]、甲状腺刺激抗体)高値の事が時々あります。ほとんどは、数か月-数年後に顕在性甲状腺機能亢進症に移行します。
教科書的にTRAbは、バセドウ病で陽性、無痛性甲状腺炎・亜急性甲状腺炎などバセドウ病以外の甲状腺中毒症では原則陰性とされています。
しかし、無痛性甲状腺炎(痛みを伴わない甲状腺の亜急性破壊)・亜急性甲状腺炎などで陽性になることもあり、鑑別を難しくします。長崎甲状腺クリニック(大阪)ではTRAb 3.7 IU/L (バセドウ病カットオフ値<2.0 IU/L)の無痛性甲状腺炎がありました。TRAb陽性だからと言って、即、バセドウ病と診断するのは危険です。
上條甲状腺クリニックの上條先生は、無痛性甲状腺炎で出現するTRAbは、刺激も阻害もしない不活性型(neutral)TRAbと考えておられます。筆者も同意見です。
次項、「TRAb(ECLIA)のカットオフ値 2.0 IU/L 以上なら、無痛性甲状腺炎でなく甲状腺機能亢進症/バセドウ病と診断できるか?」へ続く
明らかな甲状腺中毒症をバセドウ病と診断できる第3世代バセドウ病抗体TRAb(ECLIA)のカットオフ値は一般的に2.0 IU/Lとされます。カットオフ値は正常値でも絶対値でもありません。
即ち、「TRAb≧2.0 IU/L 以上ならバセドウ病の可能性が高い」との解釈になります。逆に言えば、「TRAb≧2.0 IU/L 以上でもバセドウ病とは断定できない」ことになります。
上條甲状腺クリニックの報告によると、明らかな(顕在性の)甲状腺中毒症で、バセドウ病と診断するためのTRAb(ECLIA)カットオフ値を2.0 IU/L でなく、3.0 IU/Lにすれば、99%以上の確率で甲状腺機能亢進症/バセドウ病と診断可能です。しかし、1%以下の確率で無痛性甲状腺炎の場合があります。
長崎甲状腺クリニック(大阪)ではTRAb 3.7 IU/L の無痛性甲状腺炎がありました。
TRAb陽性だからと言って、即、バセドウ病と診断するのは危険です。
甲状腺機能亢進症/バセドウ病におけるTRAb(ECLIA)の下限値を0.8 IU/L にすれば、0.8 IU/L 以下は100%無痛性甲状腺炎です。
TRAb 0.8~3.0 IU/Llは甲状腺機能亢進症/バセドウ病、無痛性甲状腺炎いずれもあり得る(確率的に半々)グレーゾーン(境界域)です。[Endocr J. 2010;57(10):895-902.]
第3世代TRAb(ECLIA)は、わずか20-30分で迅速に測定できるため広く普及しました。しかし、簡易に測定できる分だけ落とし穴も多くあります。
TRAb(ECLIA)は感度98.3%、特異度99.2% とされます(Nat Rev Endocrinol. 2013 Dec;9(12):724-34.)。しかし、
- 軽度の甲状腺機能亢進症/バセドウ病(特に潜在性甲状腺機能亢進症/バセドウ病)あるいは初期の甲状腺機能亢進症/バセドウ病ではTRAb陰性のことも多く、無痛性甲状腺炎と鑑別し難い[Endokrynol Pol. 2021;72(1):14-21.]
- 甲状腺機能亢進症/バセドウ病の96-97%はTRAb陽性ですが、3-4%はTRAb陰性です。
TRAb陰性甲状腺機能亢進症/バセドウ病のほぼ全例でTSAb(TSHレセプター抗体[刺激型]、甲状腺刺激抗体)が陽性になります。
TRAb陰性甲状腺機能亢進症/バセドウ病の80%は、遅れてTRAb陽性になります。
- 発症したての甲状腺機能亢進症/バセドウ病では、下記の再発時と同様、遅れてTRAb陽性になる事があります[Case Rep Endocrinol. 2023 Apr 8;2023:8402725.]。
高松内科クリニックの報告によると、発症時TRAb陰性だが遅れて出現した12例は、全て1~3カ月後にTRAb陽性化したそうです。(第60回 日本甲状腺学会 O1-6 血中TSHレセプター抗体がバセドウ病発症時に検出されず、後日 に陽性化した12例の分析 ―― 本抗体は甲状腺機能亢進症の原因蛋白質か ――)
それでもTRAb陰性なら、遺伝子変異(非自己免疫性家族性甲状腺機能亢進症)か甲状腺ホルモン産生腫瘍(プランマー病、中毒性多結節性甲状腺腫)です。[Clin Endocrinol (Oxf). 2001 Sep;55(3):381-90.]
抗甲状腺薬(メルカゾール、プロパジール、チウラジール)中止後、甲状腺機能亢進症/バセドウ病が再発した時、
- 15%はTRAb陰性
- TRAb陰性でも89%にTSAb(TSHレセプター抗体[刺激型]、甲状腺刺激抗体)が陽性になります
- 37%は、遅れてTRAb陽性になります
通常、TSAb(TSHレセプター抗体[刺激型]、甲状腺刺激抗体)は、バセドウ病の活動性を反映し、TRAbが上昇する前に陽性化します。超例外的に、(一過性でない)潜在性甲状腺機能亢進症で、TRAb 26.3 IU/L(測定法不明なのでカットオフ値<2.0 IU/L、or 正常値<1.0 IU/L)、TSAb 80%(正常値<120%)と、TRAbが先行する症例が報告されています。
確かに、TRAbはバセドウ病の活動性を必ずしも反映しないため、潜在性甲状腺機能亢進症(極軽い機能亢進状態)においてTSAbが活動性を反映して陰性でも、TRAb陽性は理屈の上であり得ます。
この症例は、後日、顕在性甲状腺機能亢進症となり、TSAb 160%に上昇、TRAb 26.34 IU/L と高値のままだったそうです。同時に、TSBAb(TSHレセプター抗体[阻害型]、甲状腺刺激阻害抗体) 0.0%で、TRAbは阻害型抗体でもなかったようです[刺激も阻害もしない不活性型(neutral)TRAbか?]。
TRAb の測定法が不明ですが、TRAb(ECLIA)なら偽高値の可能性が残ります(前項)。
(第60回 日本甲状腺学会 P1-7-2 TSH受容体抗体高値を呈し、2年後にはTSAb陽性とともに顕性 化したバセドウ病の1例)
また、TSH受容体におけるTSAb とTRAb の結合部位は、必ずしも同じでないため[Clin Exp Immunol. 2004 Apr;136(1):129-36.]、このような逆転現象もあり得るのかもしれません。
第3世代TRAb(M22抗体を用いた測定法)、すなはちTRAb(ECLIA)には偽高値が報告されています。
M22抗体は、人工的に作られたモノクローナルTRAbを、発色剤ルテニウムで標識したものです。標識M22抗体に、患者血清中の何らかの物質(おそらく抗ルテニウム抗体や抗ストレプトアビジン抗体)が影響して、発色が小さくなると、TRAbは実際より高値(偽高値)に出てしまいます。ECLIA法での偽高値・偽低値はFT3、FT4、TSHで有名ですが、TRAbでもあるのです[ある特定の測定キット(エクルーシス試薬、ECLIA法)のみでFT3、FT4が高め・低めに出てしまう]。
M22抗体でなく、TSHを使用する第2世代TRAb(RIA)で再測定すれば本当の値になります。
(第58回 日本甲状腺学会 P2-8-6 第三世代TRAbが偽陽性持続高値を示した、第二世代TRAb human陰性、TSAb陰性の甲状腺機能正常例)
(False-positive TSH receptor antibody-a pitfall of third-generation TSH receptor antibody measurements in neonates. Endocr J. 2018 May 28;65(5):587-592.)
刺激も阻害もしない不活性型、ニュートラル型TSH受容体自己抗体(neutral TRAb)
刺激も阻害もしない不活性型、ニュートラル型TSH受容体自己抗体(neutral TRAb)が存在します。
長崎甲状腺クリニック(大阪)の自験例では、TRAb 25.9 IU/L (カットオフ値2.0未満)、強陽性のニュートラル型TRAbがありました。
ニュートラル型TRAbは結合場所が
- TSH-TSH受容体結合に影響しない部位(ドメイン)
- TSH刺激伝達に影響をしない部位(ドメイン)
と考えられます。(Exp Clin Endocrinol Diabetes. 2000; 108(2):110-9.)
ニュートラル型TRAbの単独高値は稀で、学会報告・論文報告になりますが、実は刺激型のTRAbに混じって59%のバセドウ病患者に存在するとされます。(Endocrinology. 2010 Nov; 151(11):5537-49.)
上條甲状腺クリニックの上條先生は、無痛性甲状腺炎(痛みを伴わない甲状腺の亜急性破壊)で出現するTRAbは、刺激も阻害もしない不活性型(neutral)TRAbと考えておられます。私も同意見です。
不活性型、ニュートラル型TSH受容体自己抗体(neutral TRAb)と誤認する場合
ニュートラル型TRAbを直接測定する事はできません。しかし、ニュートラル型TRAbが結合すると予測されるTSH受容体の位置から、マウス・ハムスターのニュートラル型TSH受容体モノクローナル抗体(neutral TSHR monoclonal Abs:N-mAbs)の合成が成功しています。同時に、このN-mAbsを用いた競合測定(competition assay)により患者血清中のニュートラル型TRAbを検出可能です。(Endocrinology. 2010 Nov; 151(11):5537-49.)
しかし、N-mAbsはニューヨークの研究施設(Veterans Affairs Medical Center)に実験用の分しかありません。
現在、ニュートラル型TRAbは間接的な証明しかできないため、他の病態と間違える可能性があります。
- TRAb(ECLIA)の偽高値;第3世代のECLIA法でTRAbを測定した場合、偽高値の可能性があるため、第2世代のRIA法で再測定が必要です
- 刺激型のTRAbなのに、橋本病の破壊抗体[抗サイログロブリン抗体(Tg抗体)・抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(TPO抗体)]、薬剤[スーテントカプセル(成分:スニチニブ)など]、燃え尽きた亜急性甲状腺炎、甲状腺がんなどで既に甲状腺が破壊され尽くしている場合、TRAb高値の甲状腺機能低下症になります
- 刺激型のTRAb(TSAb)と阻害(ブロック)型のTRAb(TSBAb)が完全に拮抗している場合、TRAb高値で甲状腺機能正常になります
ニュートラル型TRAbの意外な作用
人工合成されたマウス・ハムスターのニュートラル型TSH受容体モノクローナル抗体(neutral TSHR monoclonal Abs:N-mAbs)を用いた実験で、ニュートラル型TRAbは甲状腺濾胞細胞のアポトーシス(細胞死)を誘導します。(Endocrinology. 2010 Nov; 151(11):5537-49.)
甲状腺関連の上記以外の検査・治療 長崎甲状腺クリニック(大阪)
長崎甲状腺クリニック(大阪)とは
長崎甲状腺クリニック(大阪)は日本甲状腺学会認定 甲状腺専門医[橋本病,バセドウ病,甲状腺超音波(エコー)検査など]による甲状腺専門クリニック。大阪府大阪市東住吉区にあります。平野区,住吉区,阿倍野区,住之江区,松原市,堺市,羽曳野市,八尾市,天王寺区,東大阪市,生野区,浪速区も近く。