バセドウ病抗体が陰性の家族性非自己免疫性甲状腺機能亢進症(FNAH)・非家族性非自己免疫性甲状腺機能亢進症[長崎甲状腺クリニック 大阪]
甲状腺:専門の検査/治療/知見① 橋本病 バセドウ病 甲状腺エコー 長崎甲状腺クリニック大阪
甲状腺専門の長崎甲状腺クリニック(大阪府大阪市東住吉区)院長が海外・国内論文に眼を通して得た知見、院長自身が大阪市立大学(現、大阪公立大学) 大学院医学研究科 代謝内分泌病態内科で得た知識・経験・行った研究、甲状腺学会で入手した知見です。
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家族性非自己免疫性甲状腺機能亢進症(FNAH)は1994年に、非家族性非自己免疫性甲状腺機能亢進症(散発性非自己免疫性甲状腺機能亢進症)は1995年に見つかった新しい甲状腺機能亢進症です。
Summary
バセドウ病抗体が陰性で、先天的な甲状腺機能亢進症には、家族性非自己免疫性甲状腺機能亢進症(FNAH)と非家族性非自己免疫性甲状腺機能亢進症があり、治療はバセドウ病と同じ。家族性非自己免疫性甲状腺機能亢進症は常染色体優性遺伝性のTSH受容体か刺激伝達経路のGsα(刺激性Gタンパク)活性型変異で家系が存在。欧米では治療抵抗性だが日本では軽症家系が多い。約4割が後天性の甲状腺機能性結節と遺伝子変異が一致。非家族性非自己免疫性甲状腺機能亢進症は散発性で家系が存在せず、後天性の甲状腺機能性結節と遺伝子変異がほぼ一致。
Keywords
バセドウ病,甲状腺機能亢進症,家族性非自己免疫性甲状腺機能亢進症,非家族性非自己免疫性甲状腺機能亢進症,TSH受容体,家系,遺伝子変異,治療,活性型変異,甲状腺機能性結節
甲状腺機能亢進症なのでバセドウ病と思ってもTRAb・TSAb(バイオアッセイ法)のバセドウ病抗体が2つとも正常な場合があります。
(※TRAbはバセドウ病発症初期や寛解状態で陰性のことも多いため当てにはなりません)
しかも、甲状腺機能亢進症の家系です(患者さんはバセドウ病と言い、実際、バセドウ病の79%は遺伝性なのでややこしい)。
これは、家族性非自己免疫性甲状腺機能亢進症(Familial nonautoimmune hyperthyroidism:FNAH)という新しタイプの甲状腺機能亢進症です。[Acta Endocrinol (Copenh). 1982 Aug;100(4):512-8.]
常染色体優性遺伝による(先天的な)TSH受容体(TSHR)、または、そこからの刺激伝達経路にあるGsα(刺激性Gタンパク)の活性型変異が原因[ほとんどの変異はTSH受容体(TSHR)細胞膜貫通領域に局在]。
[難しく言うと、TSH受容体(TSHR)の細胞膜貫通へリックスはリガンド非依存的な活性型立体構造になっており]、甲状腺刺激ホルモン(TSH)がTSH受容体に結合しなくても、勝手に甲状腺ホルモン(T4, T3)を作る信号が無制限に出てしまいます。
日本における成人家族性非自己免疫性甲状腺機能亢進症(FNAH)の頻度は現時点で不明ながら、TRAb陰性甲状腺機能亢進症患者の4.5%にみられます[Thyroid. 2014 May;24(5):789-95.]。デンマークでは若年者の自己抗体陰性甲状腺機能亢進症患者の約6%を占めるとされます。また、妊娠を契機に増悪する事が多いようです。海外では、晩期に多結節化するとされますが、日本では症例が少ないものの、そこまでひどくならない軽症例が多い。
また、孤発性の新生児例は重症だが、家族性は比較的軽度で発症年齢も幅広い。
現在までに50家系以上、日本においては現時点(2016.11)で10家系が報告されています。田尻クリニックの報告では、p.Asn406Ser(ヘテロ)変異を持つ3家系が、熊本県南部のA町に集積しているとの事です。(第55回 日本甲状腺学会 P2-01-12 家族性非自己免疫性甲状腺機能亢進症(FNAH) に地域集積性はあるか?)[Clin Endocrinol (Oxf). 2012;77:329–330.]
TSAb陰性甲状腺機能亢進症患者に出くわした時、父母の出身地が熊本県南部のA町なら、家族性非自己免疫性甲状腺機能亢進症(FNAH)が強く疑われます。(第67回 日本甲状腺学会 O7-3 出身地の問診で,非自己免疫性甲状腺機能亢進症を強く疑った1症例)
家族性非自己免疫性甲状腺機能亢進症(FNAH)の治療はバセドウ病と同じで、抗甲状腺剤(メルカゾール・プロパジール・チウラジール)、アイソトープ(放射性ヨウ素; I-131)治療、甲状腺全摘出手術です。バセドウ病と異なるのは、抗甲状腺剤でコントロールできたとしても寛解しない点です。
欧米人の家族性非自己免疫性甲状腺機能亢進症(FNAH)は抗甲状腺剤に抵抗性で、欧州ガイドラインでは甲状腺全摘出手術した上に、アイソトープ(放射性ヨウ素; I-131)治療する事が推奨されます(Eur Thyroid J. 2012;1:142-7.)。
しかし、日本では、そこまでせずともコントロールできる軽症家系の報告が多いです。また、成人以降(報告例では64歳)も潜在性甲状腺機能亢進症を維持する軽症の家系も報告されています(Glu575lysの新規変異で、TSH受容体の活性型変異)。(Thyroid. 2010 Nov;20(11):1307-14.)
どのような時に家族性非自己免疫性甲状腺機能亢進症(FNAH)を疑えばよいか?
- 一過性の甲状腺中毒症(無痛性甲状腺炎・破壊性甲状腺炎)が否定され甲状腺機能亢進症である。しかも、バセドウ病抗体[TRAb, TSAb(バイオアッセイ)]が陰性。さらに、甲状腺機能性結節(機能性甲状腺腫,プランマー病)でもない。
※TSAb(TSHレセプター抗体[刺激型]も万能ではなく、抗体陰性バセドウ病も存在します
- 2世代以上に甲状腺機能亢進症の家族歴がある。しかも男女差が無い(常染色体優性遺伝なので)。4歳未満の発症(胎児・新生児・乳児)もあり(筆者が知る限り欧米の話で、日本での報告は聞いたことが無い)
※バセドウ病も79%は遺伝性でバセドウ病家系も存在します
- 同一家系内でも甲状腺機能亢進症の程度は様々(正常、潜在性甲状腺機能亢進症、顕在性甲状腺機能亢進症)
- 抗甲状腺薬(メルカゾール、プロパジール、チウラジール)で甲状腺機能は安定するが、寛解しない。
保険診療外なので一般的に行われていませんが、家族性非自己免疫性甲状腺機能亢進症(FNAH)の遺伝子診断は技術的に不可能ではありません。TSH受容体(TSHR)遺伝子解析を行っても、 実際に変異が同定されるのは5%未満と低く、①未知の遺伝子が大多数なのか、それとも、②バセドウ病抗体[TRAb, TSAb]陰性のバセドウ病を家族性非自己免疫性甲状腺機能亢進症(FNAH)と勘違いしているのか、理由は不明です。
報告されているの家族性非自己免疫性甲状腺機能亢進症(FNAH)遺伝子変異は、
- c.1856A>G (p.Asp619Gly)[J Pediatr Endocrinol Metab. 2020 Nov 13;34(2):267-271.]
- c.1800C>T (p.Ala627Val)[Ann Pediatr Endocrinol Metab. 2020 Dec;25(4):282-286.]
- Asn406Ser(日本)[Clin Endocrinol (Oxf). 2012 Aug;77(2):329-30.]
- c.2016T>G[Clin Case Rep. 2017 Oct 25;5(12):1980-1987.]
- c.463M>V[Thyroid. 2007 Jul;17(7):677-80.]
家族性非自己免疫性甲状腺機能亢進症(FNAH)は、妊娠を契機に増悪する事が多く、変異したTSH受容体(TSHR)がhCGに過剰反応する事が一因と考えられています(家族性妊娠時甲状腺機能亢進症;familial gestational hyperthyroidismと呼ばれます)(Activating mutations of TSH receptor. Ann Endocrinol (Paris). 2003 Feb;64(1):12-6. Review.)。家族性妊娠時甲状腺機能亢進症の甲状腺ホルモン値は、hCG値と連動した変動パターンになります。
対照的にバセドウ病は妊娠中期以降、免疫寛容により自己免疫が抑えられ発症し難くなりますが、家族性非自己免疫性甲状腺機能亢進症(FNAH)はhCG刺激を受けて妊娠後期に発症する点が異なります。
(第57回 日本甲状腺学会 P1-014 妊娠期間中に甲状腺中毒症が顕性化した非自己免疫性甲状腺機能亢進症における機能獲得型TSH 受容体遺伝子変異)
国立成育医療センターの報告では、軽度の甲状腺機能亢進症だったため、無治療で出産したそうです。[AACE Clin Case Rep. 2020 Jan 22;6(2):e94-e97.]
JA北海道厚生連 帯広厚生病院が報告している家族性非自己免疫性甲状腺機能亢進症(FNAH)の具体例は、非妊娠時、TSH低値が常態の潜在性甲状腺機能亢進症で、患者の母親もTSH 低値が持続。妊娠32週以降にFT3、FT4 が上昇、無機ヨード投与するも妊娠37週に血中甲状腺ホルモンは頂値に。
同病院の別の症例
TSHは常に低値、非妊娠時FT3 FT4 は基準値内で推移、潜在性甲状腺機能亢進症の状態。FT3、FT4は第1子妊娠30週より上昇、KI 13mg/日を投与するも妊娠35週まで上昇が続く。やはり、妊娠後期に発症しています。
第2子妊娠時は、妊娠15週でFT3 FT4上昇し、KI 50mg/日投与後は速やかに低下。KI 50mg 隔日投与を出産まで継続し、FT3、FT4は基準値内で推移、血中hCGと値連動した変動パターンを示したそうです。 (第60回 日本甲状腺学会 P1-2-6 妊娠期間中の甲状腺中毒症に対し無機ヨードの投与を行った機能 獲得型TSH受容体遺伝子変異の1例)
フランスの報告ですが、母体に加えて胎児も家族性非自己免疫性甲状腺機能亢進症(FNAH)で、胎児頻脈のため帝王切開になったそうです(Clin Case Rep. 2017 Dec; 5(12):1980-1987.)。遺伝性なので胎児も家族性非自己免疫性甲状腺機能亢進症(FNAH)というケースは当然でしょう。
また、英国では新生児-乳児甲状腺機能亢進症で、生後1年以内に家族性非自己免疫性甲状腺機能亢進症(FNAH)が診断された報告もあります(Clin Endocrinol (Oxf). 2004 Jun;60(6):711-8.)。
これらは欧米の報告で、家族性非自己免疫性甲状腺機能亢進症(FNAH)の重症度が日本人より遥かに高いため、日本では起こり難いと筆者は考えています。
家族性非自己免疫性甲状腺機能亢進症(FNAH)の新生児にも重大な眼症状が認められます。TSAb陰性で自己免疫・炎症がないはずなのに甲状腺眼症:バセドウ病眼症をおこします。これは甲状腺ホルモン自体の作用で甲状腺眼症:バセドウ病眼症が引き起こされるという仮説を支持しています。通常、甲状腺機能が正常化すると眼症状も消えます。したがって、ステロイド投与は重症例に限定されます。[Exp Clin Endocrinol Diabetes. 1999;107 Suppl 5:S172-4]
散発性(家族歴の無い)非家族性非自己免疫性甲状腺機能亢進症(または散発性非自己免疫性甲状腺機能亢進症:Sporadic nonautoimmune neonatal hyperthyroidism)は、家族歴のある場合に比べて重症です。新生児期に発症し頭蓋骨早期癒合や知能発達障害などを来すため、甲状腺全摘が必要になります。[N Engl J Med. 1995 Jan 19;332(3):150-4.][Mol Cell Endocrinol. 2010 Jun 30;322(1-2):125-34.]
患児の遺伝子検査ではTSHR遺伝子のミスセンス変異が見つかりますが、両親には異常がありません[J Clin Res Pediatr Endocrinol. 2010;2(4):168-72.]。
家族性非自己免疫性甲状腺機能亢進症(FNAH)において、後天性の(遺伝性の無い)甲状腺機能性結節(機能性甲状腺腫)と遺伝子変異が一致するのは約4割です。しかし、非家族性非自己免疫性甲状腺機能亢進症は、後天性の甲状腺機能性結節(機能性甲状腺腫)と遺伝子変異がほぼ一致します。[Mol Cell Endocrinol. 2010 Jun 30;322(1-2):125-34.][Best Pract Res Clin Endocrinol Metab. 2017 Mar;31(2):265-275.]
家族性非自己免疫性甲状腺機能亢進症(FNAH)と非家族性非自己免疫性甲状腺機能亢進症は、似て異なるものかもしれません。
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