甲状腺腫瘍・甲状腺癌のがんゲノム医療(precision medicine)、遺伝子パネル検査[長崎甲状腺クリニック 大阪]
甲状腺の基礎知識を初心者でもわかるように、長崎甲状腺クリニック(大阪府大阪市東住吉区)院長が解説します。
その他、甲状腺の基本的な事は甲状腺の基本(初心者用)、橋本病の基本(初心者用)を、高度で専門的な知見は甲状腺編 甲状腺編 part2 を御覧ください。
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甲状腺癌のがんゲノム医療(precision medicine)、遺伝子パネル検査(本ページ)
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※長崎甲状腺クリニック(大阪)は、がんゲノム医療、遺伝子パネル検査、患者申出療養制度に対応しておりません。
Summary
precision medicine(精密医療)、がんゲノム医療は遺伝子変異別の治療。標準治療で完治しない時、患者申出療養制度により次世代シーケンシングを用いた遺伝子パネル検査で変異遺伝子を調べ、最適の分子標的薬を選択①RET遺伝子変異にRET阻害薬 レットヴィモ(セルペルカチニブ:selpercatinib)②BRAF 遺伝子変異陽性甲状腺未分化癌にBRAF阻害薬タフィンラー(ダブラフェニブ:dabrafenib)とMEK阻害薬メキニスト(トラメチニブ:Trametinib)併用。病理検査で鑑別困難だった甲状腺結節の診断にも遺伝子パネル検査が試される。
Keywords
precision medicine,がんゲノム医療,次世代シーケンシング,遺伝子パネル検査,変異遺伝子,RET阻害薬,レットヴィモ,セルペルカチニブ,BRAF阻害薬,ダブラフェニブ
遺伝子パネル検査(包括的がんゲノムプロファイリング検査)
precision medicine(精密医療)は、個別の癌ドライバー遺伝子変異などに基づき最適な治療や予防を行うもので、がんゲノム医療、がん個別化治療(precision oncology)とほぼ同義になっています。そのため、従来の発症臓器別治療は、臓器を問わない遺伝子変異別の治療に移行しつつあります。特に、甲状腺癌は治療標的となりうるドライバー遺伝子変異の発現が多い。
遺伝子パネル検査(包括的がんゲノムプロファイリング検査)は、次世代シークエンサーの遺伝子解析装置を用い、癌細胞の塩基配列を高速で解析する検査です。癌細胞の変異遺伝子が判明すれば、それこに効く分子標的薬を選択できます。
穿刺細胞診で採取した甲状腺癌細胞に対する次世代シーケンシング(NGS)の技術は、ほぼ確立されています(J Mol Diagn 2013 Mar;15(2):234-47.)。
遺伝子パネル検査(包括的がんゲノムプロファイリング検査)は、標準治療が終了した後(要するに標準治療で完治しなかった時)、次に分子標的薬を探索する場合に限り保険適応が認められます。
甲状腺癌に対して遺伝子パネル検査(包括的がんゲノムプロファイリング検査)を行うのは、
- 甲状腺分化癌(乳頭癌・濾胞癌)では、I-131 放射線治療 が無効あるいは行えず、レンビマカプセル®(レンバチニブ) ネクサバール錠®(ソラフェニブ) も効かなかった、あるいは使用できなくなった時
- 甲状腺低分化がん、甲状腺未分化癌 ではレンビマカプセル®(レンバチニブ) が効かなかった、あるいは使用できなくなった時
- 甲状腺髄様癌では(カプレルサ錠®(バンデタニブ)、レンビマカプセル®(レンバチニブ) が効かなかった、あるいは使用できなくなった時
など、標準治療で万策尽きた時です。
ただし、甲状腺癌の進行は緩徐な事が多いため、手術当時の検体が古くなってDNAが変性し、検査不能になる可能性があります。検査できたとしても、(年単位の)長い経過中に遺伝子プロファイルが変化している可能性もあります。新たに検体採取しようにも、採取が難しい部位に再発した場合はお手上げです。
甲状腺癌のがんゲノム医療[precision medicine(精密医療)]
甲状腺癌のがんゲノム医療[precision medicine(精密医療)]として、
①RET阻害薬 レットヴィモ®(セルペルカチニブ:セルパーカチニブ:selpercatinib)が、RET遺伝子変異を持つ癌、
- RET融合遺伝子陽性の根治切除不能な甲状腺癌(甲状腺乳頭癌、甲状腺低分化癌も含まれる)
- RET遺伝子変異陽性の根治切除不能な甲状腺髄様癌
- RET融合遺伝子陽性の切除不能な進行・再発の非小細胞肺癌
に承認されています。セルペルカチニブのコンパニオン診断薬であるオンコマインDx Target TestマルチCDxシステムでRET遺伝子変異を確認。この診断薬は保険適応があり、しかも遺伝子パネル検査(包括的がんゲノムプロファイリング検査)に該当しないため、標準治療を省いて使用することができます。よって最初から、効果に乏しく、副作用が多過ぎる非特異的マルチキナーゼ阻害薬バンデタニブ、ソラフェニブ・レンバチニブより先にRETの特異的阻害薬であるレットヴィモ®(セルペルカチニブ)を使用した方が良い[根治切除不能な甲状腺髄様癌に セルペルカチニブ(レットヴィモ®)]。
②「標準的な治療が困難なBRAF遺伝子変異を有する進行・再発の固形腫瘍(結腸・直腸癌を除く)」にBRAF阻害薬タフィンラー ®(ダブラフェニブ:dabrafenib:BRAFi)とMEK阻害薬メキニスト®(トラメチニブ:trametinib:MEKi)併用療法が承認されています。当然、BRAF 遺伝子変異陽性甲状腺未分化癌にも適用されます。[J Clin Oncol. 2018 Jan 1;36(1):7-13.][Ann Oncol. 2022 Apr;33(4):406-415.]。
甲状腺未分化癌におけるBRAF V600E変異の頻度は約20~50%とされます[BMC Surg. 2013;13 Suppl 2(Suppl 2):S44.][Thyroid. 2017 Jan;27(1):81-87.]。
コンパニオン診断薬はMEBGENTMBRAF3キット。
アメリカの第2相試験では、BRAF V600E 変異陽性甲状腺未分化癌に対するダブラフェニブ・トラメチニブ併用療法の12か月の奏効期間率(DOR)50%、無増悪生存期間(PFS)と全生存期間(OS)の中央値はそれぞれ6.7カ月と14.5カ月、12か月の無増悪生存期間(PFS)率と全生存期間(OS)率はそれぞれ43.2%と51.7%で、24か月の全生存期間(OS)率は31.5%でした。[Ann Oncol. 2022 Apr;33(4):406-415.]
拡大手術後(甲状腺全摘術、喉頭全摘術、頸部郭清)にダブラフェニブ・トラメチニブ併用療法を行い完全寛解した報告もあります[World J Clin Cases. 2023 Sep 26;11(27):6664-6669.]。もちろん、術前使用もあり得ると思われます。
③「がん化学療法後に増悪したBRAF遺伝子変異を有する根治切除不能な甲状腺癌」および「BRAF遺伝子変異を有する根治切除不能な甲状腺未分化癌」にBRAF阻害薬ビラフトビ®(エンコラフェニブ:encorafenib:BRAFi)とMEK阻害薬メクトビ®(ビニメチニブ:binimetinib:MEKi)併用療法も承認されています。転移したBRA遺伝子変異陽性甲状腺癌患者に対する日本の第2相試験では、12カ月後の奏効継続率 90.9%、無増悪生存期間(PFS)率 78.8%、全生存期間(OS)率 81.8%、グレード1以上の有害事象(AE)100%、グレード3のAE 27.3%、グレード4〜5のAE 0%。グレード3のAEはリパーゼ増加(18.2%)が最多。[Thyroid. 2024 Apr;34(4):467-476.]。
これらは患者申出療養制度により、甲状腺癌に対しても使用が可能となります。※長崎甲状腺クリニック(大阪)では対応しておりません。
③その他、
- ペムブロリズマブ(Pembrolizumab:キイトルーダ®);マイクロサテライト不安定性が高い(MSI-High) または腫瘍遺伝子変異量(Tumor Mutation Burden:TMB)が高い(TTMB-High)固形癌に
- ロズリートレク®(エヌトレクチニブ:Entrectinib);ROS1(c-ros遺伝子1)陽性、またはNTRK(神経栄養因子受容体)融合遺伝子陽性の固形がんに。NTRKファミリーの選択的チロシンキナーゼ阻害剤
- ヴァイトラックビ®(ラロトレクチニブ:Larotrectinib);NTRK融合蛋白質陽性の切除不能または転移を有する癌
- 甲状腺未分化癌では、種々の遺伝子変異に対する分子標的薬の効果が報告されています(Acta Med Iran. 2017 Mar;55(3):200-208.)
があります。
コンパニオン診断薬(CDx)
コンパニオン診断薬(CDx)は、目的(標的)とする遺伝子変異の有無を調べる診断薬です。、原則1:1対応なので、予め予測を付けて行わないと、膨大な医療費になってしまいます。
甲状腺癌のprecision medicine(精密医療)[がんゲノム医療]の思わぬ問題点
甲状腺癌のprecision medicine(精密医療)[がんゲノム医療]で思わぬ問題が発生しています。甲状腺癌の大半は進行が緩徐なため、手術してから再発後に癌遺伝子検査が必要となるまで数年-数十年の期間が空きます(甲状腺乳頭癌再発)。そのため、手術標本は失われたり、劣化(DNAが変性)したりして、当時の検体で癌遺伝子検査を行えません。(最も転移巣は更なる遺伝子変異をおこし、原発巣と全く同じでない可能性があるため、原発巣を調べる意味があるのか疑問ですが・・)
転移病巣の再生検が必要となりますが、甲状腺癌の肺転移はびまん性小結節のことが多く、簡単に再生検できません。東京医科大学病院 呼吸器外科・甲状腺外科では経気管支肺生検(TBLB)を用い、PET-FDG/CTのびまん性集積部位からランダムに検体を採取(経気管支ランダム肺生検)して十分量の検体を確保できているそうです。(第66回 日本甲状腺学会 O11-4 甲状腺癌肺転移に対するがん遺伝子検査のための再生検)
※長崎甲状腺クリニック(大阪)は、遺伝子パネル検査に対応しておりません。
これまでの病理検査では鑑別困難だった甲状腺結節(甲状腺のしこり)に、次世代シーケンシング(NGS) を用いた遺伝子パネル検査(tumor-profiling multiplex gene panel tests)を行い診断する試みが始まっています。
アメリカでは甲状腺腫瘍に特化したNGS遺伝子パネル検査が開発され、病理診断に応用されています。
甲状腺腫瘍は遺伝子変異量が少なく、原因遺伝子がある程度絞り込まれているため(甲状腺癌の遺伝子変異)、NGS遺伝子パネル検査を併用すれば診断精度は上がるでしょう。
甲状腺乳頭癌のBRAF遺伝子変異、RET遺伝子再配列(変異でなく再配列)のような初心者でも知っている典型的な遺伝子変異を検出すれば(BRAF遺伝子変異で甲状腺乳頭癌を診断する試み)、細胞診で偽陰性になる甲状腺乳頭癌の診断が可能になります。病理検査で鑑別困難・意義不明だった濾胞型甲状腺乳頭癌も診断可能になるでしょう。
さらに、甲状腺乳頭癌のTERT遺伝子プロモーター領域の変異を調べれば、悪性度を予測可能になります。
また、NGS遺伝子パネル検査は、これまで困難だった濾胞性腫瘍の鑑別、良性濾胞腺腫と甲状腺濾胞癌を鑑別するのに有用ですが(濾胞性腫瘍の遺伝子検査)、精度78%、感度76%、特異度80%と完全ではありません。ただ、濾胞腺腫良悪鑑別困難例も存在し、RAS遺伝子変異など良悪性共通する変異を有するため、甲状腺乳頭癌程の有用性はないと思われます。
ただし、甲状腺癌の遺伝子変異は、組織型が違っても共通しているものが多く(甲状腺癌の遺伝子変異)、NGS遺伝子パネル検査だけですべての診断が確定する訳ではありません。(逆に過信すると誤診を招く危険性もあります)
甲状腺関連の上記以外の検査・治療 長崎甲状腺クリニック(大阪)
長崎甲状腺クリニック(大阪)とは
長崎甲状腺クリニック(大阪)は日本甲状腺学会認定 甲状腺専門医[橋本病,バセドウ病,甲状腺超音波(エコー)検査など]による甲状腺専門クリニック。大阪府大阪市東住吉区にあります。平野区,住吉区,阿倍野区,住之江区,松原市,堺市,羽曳野市,八尾市,天王寺区,東大阪市,生野区,浪速区も近く。