抗甲状腺薬(メルカゾール,プロパジール,チウラジール)の減らし方、中止基準、内服自己中断、ゼロにできるか?[バセドウ病 長崎甲状腺クリニック 大阪]
甲状腺の基礎知識を初心者でもわかるように、長崎甲状腺クリニック(大阪府大阪市東住吉区)院長が解説します。
その他、甲状腺の基本的な事は甲状腺の基本(初心者用)を、高度で専門的な知見は甲状腺編 甲状腺編 part2 を御覧ください。
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Summary
TSHが正常範囲内になるよう抗甲状腺薬(メルカゾール、プロパジール、チウラジール)を減量。TSHが正常範囲内でも抗甲状腺薬とバセドウ病の活動性が拮抗しているだけなので減らせない。長崎甲状腺クリニック(大阪)の中止基準は①下甲状腺動脈血流速度:ITA-PSVが安全域まで低下②メルカゾール1日1.25mgでも効き過ぎてTSH高値。安易に自己中断すれば甲状腺機能亢進症/バセドウ病が再発し一からやり直し。抗甲状腺薬をゼロにできる人は①バセドウ病増悪因子のストレス・タバコ(受動喫煙含む)・アレルギーが無い②甲状腺が小さい③元々バセドウ病抗体価(TSAb値)が低い。
Keywords
バセドウ病,甲状腺機能亢進症,抗甲状腺薬,メルカゾール,プロパジール,チウラジール,自己中断,再発,中止基準,寛解
よくバセドウ病患者さんから、「TSHが正常になっている(甲状腺ホルモンが正常になっている)から、薬を減らして欲しい。」と言われますが、そんな事をすれば、バセドウ病の活動性が薬の効果を上回り、バセドウ病が再発するのは目に見えています。
甲状腺ホルモンが正常になるのと、バセドウ病が寛解(活動性が停止)するのは別問題
以上より、甲状腺ホルモンが正常になっても、バセドウ病が寛解(活動性が停止)しているとは限りません。抗甲状腺薬の効力と、バセドウ病の活動性が拮抗しているだけなのです。
しかし、
- 甲状腺ホルモンを正常状態に抑え続ける事により、バセドウ病の活動性が自然に低下していく可能性
- 抗甲状腺薬の免疫抑制作用(一つの仮説で、完全に認められていません)
により、抗甲状腺薬の量を減らしていき、TSHが正常範囲内が止まった時がその人の維持量になります。
バセドウ病での抗甲状腺薬(メルカゾール、プロパジール、チウラジール)の中止基準はいくつかあり、施設により異なります。
他施設 例1)隔日1錠(メルカゾール5mg)で半年以上、甲状腺機能が正常に保たれていれば中止(日本甲状腺学会のガイドライン)。
甲状腺腫が小さい、TSH受容体抗体(TRAb)が低値なども考慮。
ただし、抗甲状腺薬中止後6カ月で13.1%、1年で26.2%、2年で31.8%が再発[Curr Opin Endocrinol Diabetes Obes. 2014 Oct;21(5):415-21]。
他施設 例2)TSH受容体抗体(TRAb)が正常化し、かつ1年以上甲状腺機能が正常に保たれていれば中止
例1)は極めて非現実的。筆者の経験上、隔日1錠(メルカゾール5mg)でも半年やそこらでバセドウ病の活動性は消える事無く、それなりに持続します。また、抗甲状腺薬の効きやすさと、バセドウ病の再発しやすさは必ずしも一致しません。例えば、隔日1錠(メルカゾール5mg)でコントロールできていても、下甲状腺動脈血流が多ければ、高率に再発します(バセドウ病再発・抗甲状腺薬の効き易さ予測)。もともと甲状腺機能亢進症/バセドウ病は再発して当たり前、「再発したら、また治療すればいいやん!」ということかもしれません。実際、この基準を用いた再発率が全国の施設から出ていますが、20~70%と高率です。
例2)は、1)に比べるとかなり現実的です。TSH受容体抗体(TRAb)が異常値では、TRAbがブロック抗体化していない限り、再発はほぼ確実です。しかし、TRAbが正常化していても、バセドウ病の再発を予測する因子にならないのは、すべての甲状腺専門医が認めるところです(TRAbはバセドウ病の活動性と必ずしも一致しない)。
長崎甲状腺クリニック(大阪)の抗甲状腺薬(メルカゾール、プロパジール、チウラジール)中止基準
長崎甲状腺クリニック(大阪)の抗甲状腺薬(メルカゾール、プロパジール、チウラジール)中止基準は、
- 他施設 例2)の条件に加え
- 下甲状腺動脈血流(ITA-PSV)が、安全基準域まで低下している(バセドウ病再発・抗甲状腺薬の効き易さ予測)
- TSAb(TSHレセプター抗体[刺激型]; 甲状腺刺激抗体)が絶対安全圏まで低下している。長崎甲状腺クリニック(大阪)ではバイオアッセイ法で90%未満(正常値<110%)と考えています。
- 甲状腺機能亢進症/バセドウ病の活動性が完全に消えれば、抗甲状腺薬1日0.25錠(メルカゾール5mg錠なら1/4錠、2.5mg錠なら1/2錠)でも効き過ぎて、甲状腺刺激ホルモン(TSH)が正常上限値を超える。
この考え方に極めて近いのが、
- (元)すみれ病院院長の故 浜田昇先生;抗甲状腺薬を週に2錠(1日0.286錠換算=1.43mg)にまで減量し、それで効き過ぎにならない[甲状腺刺激ホルモン(TSH)が正常上限値を超えない]ものは中止しない。(第57回 日本甲状腺学会 P2-009 抗甲状腺薬中止後の寛解率を出来るだけ高くする試み)
- 同じく金地病院の報告;①抗甲状腺薬を週に2錠(1日0.286錠換算=1.43mg)まで減量できて、かつ②TRAbだけでなく、バセドウ病の活動性を反映するTSAb も陰性の条件下で中止。しかし、平均約2年後に約4%以上が再発し、再発を完全になくせなかった。(第62回 日本甲状腺学会 P21-1 チアマゾールを週2錠以下に減量後中止したバセドウ病症例の再発率の検討)
- 田尻クリニックの報告;メルカゾール5mg(1錠)/週(1日0.143錠換算=0.715mg)を休薬した場合、中止6 ヶ月後、1年後、2年後の再発率は13.6%、19.9%、28.4%(第67回 日本甲状腺学会 O3-2 チアマゾール5mg/週で休薬した場合の寛解率と寛解予測因子の検討)
あせって抗甲状腺薬を早々に中止し、再発してしまっては元も子もありません。ヨーロッパ甲状腺学会のガイドラインにも、「低用量メルカゾールによる長期治療はバセドウ病の再発を予防できる」と記載されています[J Endocrinol Invest. 2008 Oct;31(10):866-72.][Eur Thyroid J. 2018 Aug;7(4):167-186.]。
上記の「抗甲状腺薬の減らし方 抗甲状腺薬の中止基準」を見ても解かるように、薬の力で甲状腺ホルモンを正常状態に抑え続けても、そう簡単に薬を止める事はできません。数年掛けても止めれない人がほとんどです。安易に自己中断すれば甲状腺機能亢進症/バセドウ病が再発し、結局一から治療のやり直しになります。平均的には抗甲状腺薬を3~6錠/日使用し、前回よりも高い確率で無顆粒球症など重篤(重症)な副作用が起こります)。
隈病院のアンケート調査では、
-
「高齢者」や「他疾患の薬を服薬している者」は、自己中断の割合が低い
-
「服薬に負担を感じている者」や「治療期間が長い者」程、自己中断の割合が高い
内服自己中断理由は
- 「飲み忘れ」(21%)(不規則ながら飲んでいるのであれば自己中断とは言えませんが)
- 「自覚症状がない」(9%)(自覚症状だけでなく、病識もないです。)
- 「仕事・学校で多忙」(8%)(気持ちは解りますが、自分自身の健康です。甲状腺機能亢進症/バセドウ病は、甲状腺クリーゼ、致死性心室頻拍(VT)、心室細動(Vf)、タコつぼ型心筋症などを発症し、死ぬこともある病気です。)
- 「体重増加」(6%)(そもそも人間は、食べれば食べた分だけ体重が増える生き物なのです。いくら食べても体重が増えない、逆に痩せていく事自体、自然の摂理に反します。治療により甲状腺機能が改善し、脂肪分解が低下しても治療前と同じようにガッツリ食べれば太って当たり前なのです、ダイエットしてください!)
との事です。(第57回 日本甲状腺学会 P1-020 バセドウ病を抱える人の抗甲状腺薬内服状況の実態と背景)
バセドウ病が寛解して、抗甲状腺薬が中止可能な状態になるのに男女差はあるのか?様々な報告はありますが、人種、国民性、国によって異なる社会の仕組み、生活習慣が影響するため、海外のデータをそのまま日本に当てはめれないと思います。
肝心な日本人のデータは、伊藤病院の日本甲状腺学会報告のみです。
イスラエル;抗甲状腺薬のみで治療された男性は、女性と比較して①寛解率が高い、②有害事象(副作用)が少ない、③治療中断が少ない。しかし再発率は同じ。(Endocr Pract. 2019 Jan;25(1):43-50.)
スペイン;メチマゾール(日本ではメルカゾール)のみで治療された男性と女性の寛解率に差はない。(Endocrine. 2019 Feb;63(2):316-322.)
トルコ;抗甲状腺薬のみで治療された男性と女性の寛解率に差はない。(Clin Endocrinol (Oxf). 2016 Oct;85(4):632-5.)
トルコ;小児バセドウ病において、メチマゾール(日本ではメルカゾール)のみで治療された男児は女児と比べて寛解しにくい。(J Pediatr Endocrinol Metab. 2019 Apr 24;32(4):341-346.)
中国;7歳未満の小児バセドウ病において、メルカゾールのみで治療された男児と女児の寛解率に差はない。(Pediatr Investig. 2020 Sep 27;4(3):198-203.)
伊藤病院性;抗甲状腺薬のみで治療された男性と女性の寛解率に差はないが、寛解に要した期間は男性で有意に長くなる。(第63回 日本甲状腺学会 YIA-8 未治療バセドウ病の病勢及び予後は年齢、性別の影響をうけるか)
バセドウ病治療における抗甲状腺薬(メルカゾール、プロパジール、チウラジール)での寛解率(治まって安定する確率)は、せいぜい60%以下で、決して高くありません。
しかし、その60%に入る方は、抗甲状腺薬をゼロにできるか?抗甲状腺薬を服薬していれば誰もが考える事でしょう。抗甲状腺薬をゼロに出来るほどバセドウ病が安定すれば可能かもしれません。確かに、そのような方もたまにおられます。筆者の経験では、
- バセドウ病の増悪因子である、ストレス・タバコ(受動喫煙含む)・アレルギー(花粉症・アレルギー性鼻炎・アトピー性皮膚炎・アレルギー性結膜炎・気管支喘息)が無い
- 甲状腺の大きさが小さい
- 元々、バセドウ病抗体価(特にTSAb値)が低い
などが必要条件(十分条件ではありません)です。
一病息災と言うように、抗甲状腺薬を一定量常に飲んで、副作用・バセドウ病再発がなければ、健康な人と同じ状態です。ただ、副作用については稀ですが、長期間の服用でも起こり得るMPO-ANCA関連血管炎、重篤(重症)肝障害(劇症肝炎)炎があるため絶対安全と言い切れません。
おもしろい学会報告があります。伊藤病院を受診した未治療バセドウ病で抗甲状腺薬のみで治療した319 名(男性51 名、女性268 名)を平均11.2年(1.3年~25.1年)経過観察した結果、
-
抗甲状腺薬開始後7年までの寛解率(抗甲状腺薬を中止できて、その後再発無い患者の割合)は年間約8%ずつ上昇し55%に。
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抗甲状腺薬開始後8年以降は年間の寛解率は低下(と言っても寛解する人はそれなりにいます)。
結論として、「7年目を目途にアイソトープ(放射性ヨウ素; I-131)治療、手術療法(甲状腺全摘出)の可能性を考えてもよいのでは」との事です。(第57回 日本甲状腺学会 P2-010 中等度の甲状腺腫を持つバセドウ病患者の寛解導入因子の検討)
九州大学も同様の報告をしており、10年以上の寛解率は12.3%で、10年を超えると約9割は寛解しませんが、約1 割は寛解が期待できます。(第57回 日本甲状腺学会 P2-011 バセドウ病の薬物療法におけるTSH 受容体抗体(TBII)陰性化に要する期間と寛解率)
治療開始前バセドウ病抗体;TSH受容体抗体(TRAb)高値は抗甲状腺薬内服中止困難例が多い
治療開始前のバセドウ病抗体;TSH受容体抗体(TRAb)高値のバセドウ病は、初診時の
- 甲状腺ホルモン値(FT4、FT3)が高い
- 99mTc-UTR(取り込み率、集積率)が高い
- 甲状腺サイズ大きい
などの特徴があり、抗甲状腺薬内服中止困難例が多いです。(J Pediatr Endocrinol Metab. 2014 Nov;27(11-12):1131-6.)(Thyroid. 2016 Aug;26(8):1004-9.)
一方で、治療開始前のTRAbは関係ないとの報告もあります(Praxis (Bern 1994). 2006 Jul 19;95(29-30):1121-7.)。TSAb、下甲状腺動脈最大血流速度(ITA-PSV)と異なりTRAbは必ずしもバセドウ病の活動性を反映しないため、当然かもしれません。
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長崎甲状腺クリニック(大阪)とは
長崎甲状腺クリニック(大阪)は日本甲状腺学会認定 甲状腺専門医[橋本病,バセドウ病,甲状腺超音波(エコー)検査など]による甲状腺専門クリニック。大阪府大阪市東住吉区にあります。平野区,住吉区,阿倍野区,住之江区,松原市,堺市,羽曳野市,八尾市,天王寺区,生野区,東大阪市,浪速区も近く。