妊娠中の甲状腺腫瘍・甲状腺がん[日本甲状腺学会認定 甲状腺専門医 橋本病 バセドウ病 甲状腺超音波エコー 甲状腺機能低下症 長崎甲状腺クリニック 大阪]
甲状腺:専門の検査/治療/知見① 橋本病 バセドウ病 甲状腺エコー 長崎甲状腺クリニック大阪
甲状腺専門の長崎甲状腺クリニック(大阪府大阪市東住吉区)院長が海外・国内論文に眼を通して得た知見、院長自身が大阪市立大学 大学院医学研究科 代謝内分泌病態内科で得た知識・経験・行った研究、甲状腺学会で入手した知見です。
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Summary
本来、甲状腺検査はブライダルチェックとして妊娠前に行うべき。妊娠中、甲状腺腫瘍はhCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)刺激により良性腫瘍でも増大。妊娠中発見された甲状腺癌は、転移がない限り出産後の手術でも再発率は増えない。妊娠中期以降の甲状腺乳頭癌手術は児のSFD、LFDが起きやすい。妊娠中の甲状腺癌手術後は甲状腺摘出後機能低下症に甲状腺ホルモン剤[チラーヂンS錠(レボチロキシン ナトリウム)]補充が必要。出産後、甲状腺分化癌(乳頭癌・濾胞癌)の遠隔転移が判明しI-131 アイソトープ治療(放射線治療)行う場合、乳幼児の授乳・接触自体も制限。
Keywords
妊娠,甲状腺腫瘍,hCG,甲状腺癌,甲状腺乳頭癌,手術,甲状腺摘出後機能低下症,甲状腺ホルモン剤,チラーヂンS,I-131 アイソトープ治療
甲状腺腫瘍が妊娠可能年齢の女性に見つかるケースは多々あります。最近は、「妊婦甲状腺検診」を行い妊娠中に甲状腺腫瘍を見つける産婦人科がよくあります。本来、甲状腺の検査はブライダルチェックとして、妊娠前に行うべきものです。甲状腺機能低下症/橋本病、甲状腺機能亢進症/バセドウ病では発見が遅すぎ、母体にも胎児にも影響が出ている危険があります。甲状腺腫瘍が甲状腺癌と分かっても、放射線被ばくの問題から、気管・食道浸潤や遠隔転移を調べるためのCTも行い難いです。
妊娠前期は不安定期で流産の危険があるため、甲状腺に針を刺して細胞を採る穿刺細胞診もためらわれます。甲状腺の手術なんてとても無理です。
妊娠中期以降は「安定期」ですが、「胎盤が形成され胎児が育つ環境が整った時期」と言うだけで、決して「安全な時期」ではありません(医療ドラマ「コウノドリ」第1シーズン 第3話)。例えば、妊娠21週で早期破水、切迫流産した場合、妊娠24週・児体重500gまでなんとか持たせれば、胎児の救命率は50%になります。救命できても脳性麻痺・視力障害・肺低形成など重い後遺症が残る可能性があります。母体保護法で人工妊娠中絶が可能なのは、妊娠21週と6日までのため、急な決断を迫られる事になります。しかも切迫流産の早期発見は難しく(軽い腹部の張りと痛み)、破水後に初めて分かります。(医療ドラマ「コウノドリ」第1シーズン 第4話)
こんなことは、甲状腺の医者より、産婦人科医の方が詳しいはずなのに、なぜ甲状腺の検査をブライダルチェックでなく、リスクを伴う妊娠中に行うのか理解に苦しみます(妊娠前に見つけてりゃ何とでも治療できるのに、妊娠中じゃ検査も治療もリスクを伴い制約される)。
妊娠中、甲状腺腫瘍はhCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)の刺激により、良性腫瘍でも増大します。
妊娠中に発見された甲状腺癌は、転移していない限り、出産後の手術でも問題ないと言われています (Arch. Otolaryngol. Head Neck Surg., 1994; 120: 1191-1193)。そもそも、放射線被ばくの問題から、気管・食道浸潤や遠隔転移を調べるためのCTを行い難い。
普通、妊娠前期は甲状腺の手術を行いません。妊娠中期以降に行う甲状腺乳頭癌手術は、伊藤病院の報告によると、約18%に児のSFD(分娩時の週数に比して子供が小さい)、LFD(分娩時の週数に比して子供が大きい)が起こります。
明らかなリンパ節転移、遠隔転移を伴う進行乳頭癌は、妊娠中(妊娠中期以降)の手術も仕方ありません。しかし、緊急性がない非進行性の甲状腺分化癌(乳頭癌、濾胞癌)の場合、妊娠中期以降でなく、出産後まで待っても手術後の再発率は増えないとされます。(World J Surg. 2014 Mar;38(3):704-8.)(第53回 日本甲状腺学会 P-220 妊娠合併甲状腺乳頭癌手術の手術時期に関する検討)
妊娠中の遠隔転移評価に、放射線被ばくを伴う肺骨CTは行い難い。しかし、既に肺骨へ遠隔転移していても、どの道、甲状腺癌I-131 放射線治療 は出産後にしかできません。
甲状腺癌手術後の妊婦は、甲状腺摘出後機能低下症に対する甲状腺ホルモン剤[チラーヂンS(一般名:レボチロキシン ナトリウム)]補充が必要になります。
しかも、
甲状腺分化癌(乳頭癌・濾胞癌)全摘出後はアメリカ甲状腺学会のガイドラインに従い、コントロール目標を
- 高リスク群(再発の危険性高い):TSH(甲状腺刺激ホルモン)<0.1 μIU/mL
- 中リスク群(再発の危険性中くらい):TSH 0.1~0.5 μIU/mL
- 低リスク群(再発の危険性低い):TSH 0.5~2.0 μIU/mL
(2015 American Thyroid Association Management Guidelines for Adult Patients with Thyroid Nodules and Differentiated Thyroid Cancer: The American Thyroid Association Guidelines Task Force on Thyroid Nodules and Differentiated Thyroid Cancer.Thyroid. 2016 Jan;26(1):1-133.)
とします(リスク別甲状腺ホルモン補充目標)。
甲状腺分化癌(乳頭癌・濾胞癌)で甲状腺半葉切除後の基準はありませんが、橋本病妊娠に準じて、米国甲状腺学会ガイドライン2017を適用し、
- 妊娠前期(13週まで):甲状腺刺激ホルモン(TSH) <2.5 μIU/mL
- 妊娠中期(14週~27週): 〃 <3.0 μIU/mL
- 妊娠後期(28週~41週): 〃 <3.0 μIU/mL
になるようコントロールします[Thyroid. 2017 Mar;27(3):315-389.]。(橋本病/甲状腺機能低下症妊娠の管理基準)
以上の基準を外れ甲状腺ホルモンが不足すれば、
- 甲状腺癌の再発
- 胎児脳神経の発達が悪くなり、流早産
の危険が生じます。やはり、妊娠前に甲状腺摘出後機能低下症を完全にコントロールして、万全の状態で妊娠するべきなのです。
術後副状腺機能低下症も重要です。 胎児の骨や臓器を造るのに必要なカルシウムの不足で成長に影響が出ます。また、低カルシウム血症による流産、気管支の攣縮による窒息の危険もあります。(J. Clin. Endocrinol. Metab., 1991; 73: 421-427)
隈病院の統計では妊娠中、甲状腺微小乳頭癌の44.4%がサイズが増大するとのことです[Thyroid. 2014 May;24(5):840-4.]。もちろん、甲状腺刺激作用を持つhCGの影響が大きいと思われます[J Clin Endocrinol Metab. 1991 Oct;73(4):824-31.]が、あまり気持ちの良いものではありません。
積極的非手術経過観察(アクティブ サーベイランス)下にある甲状腺微小乳頭癌の女性は妊娠できない訳ではありません。ただし、計画的な妊娠が必要です[Thyroid. 2017 Mar;27(3):312-314.]。
アメリカ甲状腺学会の2017年ガイドラインでは、甲状腺微小乳頭癌の女性は妊娠中、甲状腺超音波(エコー)検査を妊娠前期・中期・後期に計3回受けることを推奨しています[Thyroid. 2017 Mar;27(3):315-389.]。
隈病院の報告によると、50人の甲状腺微小乳頭癌妊婦のうち、
- 8%が3 mm以上の増大
- その半分が分娩後に手術
- もう半分は分娩後に甲状腺微小乳頭癌の増大が止まったため、積極的非手術経過観察(アクティブ サーベイランス)を再開
になったそうです[Thyroid. 2016 Jan;26(1):156-60.]。
妊娠前の甲状腺超音波(エコー)検査ではなかったのに、出産後に甲状腺微小乳頭癌が見つかるケースがあります。甲状腺刺激作用を持つhCG[J Clin Endocrinol Metab. 1991 Oct;73(4):824-31.][Obstet Gynecol. 1990 May;75(5):775-8.]が、隠れていた甲状腺乳頭癌細胞の増殖を促進した可能性が考えられます。
出産後の検査で甲状腺分化癌(乳頭癌・濾胞癌)の遠隔転移が判明し、I-131 アイソトープ治療(甲状腺癌I-131 放射線治療)を行う場合、乳幼児の授乳だけでなく、接触自体も制限が掛かります(I-131 の半減期は8日、完全に放射線が消えるまで、乳幼児の被曝を避けねばなりません)。結局、育児どころでは無くなります。
甲状腺癌の既往がある女性は、既往が無い対照群の女性と比べて、妊娠中の経過と子供の成長に差はありません。ただ、理由は分かりませんが、甲状腺癌の既往歴がある女性は、出産後出血のリスクが統計的に高くなります(オッズ比=1.23[CI 1.15-1.32]、p<0.05)。(Thyroid. 2019 Jun;29(6):879-885.)
甲状腺癌の既往がある女性で、妊娠転帰のリスクを調査した報告があります。甲状腺摘出術または放射性ヨウ素療法は、妊娠転帰に悪影響を及ぼしませんでした。[Front Endocrinol (Lausanne). 2022 Feb 17;13:816132.]
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