甲状腺原発扁平上皮癌・甲状腺粘表皮癌[日本甲状腺学会認定 甲状腺専門医 橋本病 バセドウ病 甲状腺超音波(エコー)検査 長崎甲状腺クリニック 大阪]
甲状腺の基礎知識を初心者でもわかるように、長崎甲状腺クリニック(大阪府大阪市東住吉区)院長が解説します。
その他、甲状腺の基本的な事は甲状腺の基本(初心者用) 橋本病の基本(初心者用)を、高度で専門的な知見は甲状腺編 甲状腺編 part2 を御覧ください。
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[下、Front Endocrinol (Lausanne). 2020 Aug 11;11:512.より改変]
Summary
甲状腺原発扁平上皮癌は甲状腺癌の1%未満で、甲状腺未分化癌と同じ超音波(エコー)所見、同等に予後不良。急速に増大する硬い腫瘤を触れ、痛みを伴う。局所に浸潤し気管狭窄・食道狭窄、遠隔転移が20%程、リンパ節転移も高頻度。腫瘍マーカーSCC、シフラ(CYFRA)が上昇、肺がん・食道がん・喉頭がんの甲状腺転移(転移性甲状腺癌)と鑑別要。甲状腺粘表皮癌は非常に稀な癌で、橋本病との合併多く、低悪性度・予後良好とされるも、扁平上皮癌、甲状腺乳頭癌、転移性甲状腺癌、甲状腺原発悪性リンパ腫と鑑別難。穿刺細胞診では扁平上皮細胞・粘液産生細胞・ムチンが検出。
Keywords
甲状腺,扁平上皮癌,甲状腺癌,甲状腺未分化癌,SCC,シフラ,転移性甲状腺癌,甲状腺粘表皮癌,甲状腺乳頭癌,超音波
甲状腺原発扁平上皮癌(PSCTC:primary squamous-cell thyroid carcinoma)の頻度は、甲状腺癌全体の1%未満で、高齢者に多い。扁平上皮に分化するものの、甲状腺未分化癌と同等の予後不良な甲状腺癌(生存期間の中央値が9か月)です。 (J Surg Oncol 1988; 39: 175–178.)
甲状腺原発扁平上皮癌は増殖・進行が急速で
- 急速に増大する硬い腫瘤を触れ、痛みを伴います。
- 局所に浸潤し、気管狭窄・食道狭窄症状をおこす場合が多い。
- 遠隔転移が20%程で、リンパ節転移も高頻度
甲状腺原発扁平上皮癌の検査所見は、
- 腫瘍マーカーのSCC、シフラ(CYFRA) (サイトケラチン19フラグメント)が上昇
- サイログロブリンは、急速な甲状腺組織の破壊により血中へ流れ出て上昇
- 超音波(エコー)所見は、辺縁不整で境界不明瞭な粗大石灰化を伴う低エコー腫瘤で甲状腺未分化癌と変わりありません
- 免疫組織化学は、CK5-p40、Pax-8、TTF-1 陽性ながらサイログロブリン陰性、P53発現は高く、Ki-67増殖指数高値
肺がん・食道がん・喉頭がん・咽頭がんの甲状腺転移(転移性甲状腺癌)と鑑別要。食道浸潤・気管浸潤していると、甲状腺とどちらが原発巣か分り難いです。
甲状腺原発扁平上皮癌は放射線療法・化学療法に抵抗性であり、甲状腺未分化癌と同様、根治切除後に放射線治療が可能な症例でのみ生存期間が延びます[Endokrynol Pol. 2017;68(5):592-596.]。
これまでは、根治切除不能な甲状腺原発扁平上皮癌において、あまり効果を望めないweekly PTX投薬を行うのみで、有効な治療法はありませんでした。しかし、最近はペムブロリズマブ(商品名キイトルーダ)などの免疫チェックポイント阻害薬(immune checkpoint inhibitor, ICI)が使用されるようになり、免疫組織化学で高PDL-1(プログラムド デス リガンド1)発現を有する甲状腺原発性扁平上皮癌に抗PDL-1免疫療法が成果をあげています。ただし、免疫チェックポイント阻害薬による免疫関連有害事象 (irAE)には要注意。[Pathol Res Pract. 2020 Oct;216(10):153146.]
また、遺伝子パネル検査でBRAF V600E変異が同定され、甲状腺未分化癌と同様、ダブラフェニブ(dabrafenib)とトラメチニブ(Trametinib)併用によるターゲティング治療を行い、生存期間が12か月伸びた報告があります[Eur Thyroid J. 2021 Nov;10(6):511-516.]
根治切除不能な甲状腺がんに保険適応のある日本で始めての分子標的薬レンビマ®(レンバチニブ)も甲状腺原発扁平上皮癌の生存期間を数が月延長するデータが出ています。[Auris Nasus Larynx. 2018 Jun;45(3):553-557.]
甲状腺原発扁平上皮癌なのに甲状腺分化癌(乳頭癌・濾胞癌)の性質を持つ
甲状腺癌の中でも甲状腺乳頭癌、甲状腺濾胞癌、甲状腺低分化癌でしか産生されないサイログロブリンを産生した甲状腺原発扁平上皮癌の報告があります。もちろん、癌細胞が甲状腺内で広がり、破壊された甲状腺組織から出て来たサイログロブリンではありません。甲状腺全摘出して、甲状腺原発扁平上皮癌が確定した後も、肺転移巣がサイログロブリンを産生し続け、I-131シンチグラフィーでも集積を認めたそうです。(第53回 日本甲状腺学会 P-224 甲状腺原発扁平上皮癌術後にサイログロブリン上昇、ヨードシンチ集積を認めた多発肺転移症例)
甲状腺扁平上皮癌と濾胞癌が混在し、免疫染色にて甲状腺扁平上皮癌もサイログロブリン陽性が証明された報告から、甲状腺原発扁平上皮癌は濾胞性上皮細胞起源と考えられます。[Diagn Cytopathol. 2002 Oct;27(4):227-31.]
甲状腺分化癌(乳頭癌・濾胞癌)から甲状腺原発扁平上皮癌が発生
病理組織診断により甲状腺乳頭癌高細胞型(TCPTC:tall cell variant)から発生した甲状腺原発扁平上皮癌[扁平上皮脱分化を伴う甲状腺乳頭癌高細胞型(TCPTC:tall cell variant)]の報告もあります(Eur Ann Otorhinolaryngol Head Neck Dis. 2018 Aug;135(4):291-293.)[Diagn Cytopathol. 2020 Jun;48(6):581-585.][Indian J Pathol Microbiol. 2010 Jul-Sep;53(3):548-50.]。
甲状腺乳頭癌高細胞型(TCPTC:tall cell variant)は扁平上皮転化しやすいようです。
原発巣にて甲状腺扁平上皮癌と濾胞癌が混在し、骨転移巣は濾胞癌のみであったため、甲状腺濾胞癌の扁平上皮転化と考えられた報告があります。[Auris Nasus Larynx. 2012 Jun;39(3):310-3.]
5cm大の濾胞性腫瘍で手術を勧めるも拒否され、5年後、急速に増大し甲状腺原発扁平上皮癌と診断された報告もあります(結果的に、濾胞性腫瘍は濾胞癌であり、扁平上皮転化した事になります)。(第60回 日本甲状腺学会 P2-9-7 甲状腺原発扁平上皮癌と考えられた一例)
甲状腺癌の芽細胞発癌説なら説明できる?
甲状腺原発扁平上皮癌なのに甲状腺分化癌(乳頭癌・濾胞癌)の性質を持っている、あるいは甲状腺乳頭癌が甲状腺原発扁平上皮癌になると言う、医学の常識を超えた事象をどう説明するか?
甲状腺癌の発癌理論(芽細胞発癌) なら説明可能と筆者は考えています。
甲状腺穿刺細胞診による扁平上皮細胞の検出は稀で、原因として
- 転移性甲状腺がん;肺がん、喉頭・咽頭がん、食道がんの甲状腺転移
- 気管原発の扁平上皮癌
- 甲状腺乳頭がんの扁平上皮化生
- 橋本病に伴う扁平上皮化生;異型のない扁平上皮細胞
- 腺腫様甲状腺腫に伴う扁平上皮化生;異型のない扁平上皮細胞
- 発生学的遺残;異型のない扁平上皮細胞(Deutsch. Zscher. F. Chir., 91: 197-201, 1908)、現在は否定的
扁平上皮化生は、扁平上皮癌の前段階ではないとされます(Milit. Surg., 109: 406 -414 , 1951.)。
原発性気管悪性腫瘍は非常に稀で、剖検における肺癌400例の内1例だけ(0.25%)。組織型は扁平上皮癌と腺様嚢胞癌が多い。カルチノイドや粘表皮癌もある。[Cancer. 1990 Sep 1;66(5):894-9.][Ann Thorac Surg. 1990 Jan;49(1):69-77.]
気管原発の扁平上皮癌(primary tracheal squamous cell carcinoma)が甲状腺に浸潤すれば、甲状腺原発扁平上皮癌の気管浸潤と鑑別が難しい。[Int J Pediatr Otorhinolaryngol. 1998 Mar 1;43(2):163-73.][Eur Thyroid J. 2021 Nov;10(6):548-549.]
気管粘膜に扁平上皮化生や異形成が見られれば、気管原発の扁平上皮癌と診断する根拠になります。(第67回 日本甲状腺学会 P21-3 気管原発の扁平上皮癌で甲状腺浸潤を来した一例)
甲状腺乳頭癌の放射性ヨウ素治療後4年して発生した気管原発扁平上皮癌が報告されています[Clin Nucl Med. 2016 May;41(5):e259-60.]。
気管原発の扁平上皮癌は、血痰を主訴に見つかります。
腺様嚢胞癌(adenoid cystic carcinoma)は緩徐進行性だが、肺転移・神経周囲に浸潤して切除後の再発率が高い。5年生存率は約60~75%。[Indian J Surg. 2017 Feb;79(1):67-69.][Ann Thorac Surg. 2004 Dec;78(6):1889-96; discussion 1896-7.]
一般的に粘表皮癌は唾液腺に見られますが、喉頭、食道、乳房、甲状腺などの他の器官にも発生します。
甲状腺粘表皮癌は非常に稀な癌で、世界で100例未満の報告のみです。 女性がわずかに多く、平均年齢46.4(10-91)歳、低悪性度・予後良好とされるも、甲状腺低分化癌や甲状腺未分化癌と合併すると予後不良です。(日臨外医会誌 52 (9), 2042-2046, 1991)(Case Rep Oncol. 2019 Mar 19;12(1):248-259.)
さらに、多発性骨転移や肺転移をきたした予後の悪いケースも報告されています(Case Rep Oncol. 2019 Mar 19;12(1):248-259.)(Case Rep Endocrinol.2012;2012:862545.)。
甲状腺粘表皮癌の橋本病(慢性甲状腺炎)との合併は約30%とされます。
甲状腺粘表皮癌の42.6%が甲状腺分化癌(乳頭癌・濾胞癌)に合併するため、甲状腺分化癌(乳頭癌・濾胞癌)の扁平上皮化生、粘表皮化生により発生するとの説があります(Thyroid. 2012 Feb; 22(2):205-9.)(Mod Pathol. 2000 Jul; 13(7):802-7.)。
甲状腺粘表皮癌に好酸球増加症を伴う報告はありますが、常にそうなる訳ではありません[Arch Pathol Lab Med. 2000 Mar;124(3):446-9.][Mod Pathol. 2000 Jul;13(7):802-7.]。
甲状腺粘表皮癌の穿刺細胞診では
- 扁平上皮細胞・粘液産生細胞・ムチンが検出されます(Acta Cytol 44:259-264, 2000)
- 乳頭状増殖・砂粒小体など甲状腺乳頭癌の特徴を持つ事もあり(Cancer 65:2020-2027, 1990)、鑑別困難です。
※逆に甲状腺乳頭癌でも扁平上皮化生やムチン生成する事があります。
よって細胞診からは、
- 甲状腺乳頭癌、甲状腺原発扁平上皮癌、肺がん・食道がん・喉頭がんの甲状腺転移(転移性甲状腺癌)の鑑別が必要
- 甲状腺粘表皮癌と甲状腺分化癌(乳頭癌・濾胞癌)の合併の可能性も考える
(The Bethesda System for Reporting Thyroid Cytopathology)
小児の耳下腺粘表皮癌
小児の耳下腺粘表皮癌も予後が良く、95.3%が外科摘出され、5年間の疾患特異的生存率は90%以上とされます(Laryngoscope. 2018 Apr 15. doi: 10.1002/lary.27192.)。
甲状腺関連の上記以外の検査・治療 長崎甲状腺クリニック(大阪)
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長崎甲状腺クリニック(大阪)とは
長崎甲状腺クリニック(大阪)は日本甲状腺学会認定 甲状腺専門医[橋本病,バセドウ病,甲状腺超音波(エコー)検査など]による甲状腺専門クリニック。大阪府大阪市東住吉区にあります。平野区,住吉区,阿倍野区,住之江区,松原市,堺市,羽曳野市,八尾市,天王寺区,東大阪市,生野区.浪速区も近く。