甲状腺の手術合併症①:気道閉塞(窒息)・甲状腺摘出後出血・乳び胸水(乳び漏)[橋本病 バセドウ病 甲状腺超音波エコー検査 長崎甲状腺クリニック 大阪]
甲状腺:専門の検査/治療/知見② 橋本病 バセドウ病 甲状腺エコー 長崎甲状腺クリニック大阪
甲状腺専門の長崎甲状腺クリニック(大阪府大阪市東住吉区)院長が海外(Pub Med)・国内論文に眼を通して得た知見、院長自身が大阪市立大学(現、大阪公立大学) 代謝内分泌内科で得た知識・経験・行った研究、日本甲状腺学会 年次学術集会で入手した知見です。
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Summary
TSH10以上の甲状腺機能低下症は麻酔が効き過ぎに。甲状腺機能亢進症/バセドウ病で甲状腺ホルモンが正常化していない時に甲状腺切除手術を敢行すれば甲状腺クリーゼの危険。FT3<5.0で手術可能。甲状腺の重症手術合併症は陰圧性肺水腫、喉頭浮腫、声門下狭窄症、甲状腺摘出後出血(エコー検査で血腫を確認、速やかに頚部創を開放し血腫除去)。甲状腺癌術後、頸横動脈仮性動脈瘤が生じて破裂する事も。リンパ節切除した場所にリンパ液、体液が溜まって漿液腫(セローマ)形成。照射洗浄血小板の輸血は甲状腺機能低下症で高マグネシウム血症の危険。
Keywords
甲状腺,手術,合併症,陰圧性肺水腫,甲状腺癌,喉頭浮腫,甲状腺摘出後出血,声門下狭窄症,輸血,甲状腺機能低下症
甲状腺の手術合併症①
甲状腺機能低下症で麻酔効き過ぎ
気道閉塞(窒息)
術後肺合併症
甲状腺摘出後出血
甲状腺癌術後、頸横動脈仮性動脈瘤破裂
術後感染症
乳び胸水(乳び漏)
輸血と甲状腺
下肢静脈血栓症
術後せん妄
甲状腺摘出後副甲状腺機能低下症
甲状腺の手術合併症②
手術後の痛み
反回神経麻痺と上喉頭神経麻痺
術創部(手術の跡)治癒不全(治らない)
術前麻酔評価でTSH10 μIU/mL 以上の甲状腺機能低下症であれば、常識がある麻酔医なら麻酔の効き過ぎを懸念し、TSH10 μIU/mL未満に改善するまで手術を延期します。
止むを得ない緊急手術なら、麻酔が効き過ぎる危険性を、十分、患者本人・家族に納得してもらわねばなりません。
さらに手術中は、麻酔薬による体温調節機能抑制や血管拡張のため体温が下がりやすい(甲状腺機能低下症なら尚更)。術中は温風式加温装置などを用いて低体温を予防する。
甲状腺機能亢進症/バセドウ病で、甲状腺ホルモンが正常化していない時に甲状腺切除手術を敢行すれば、手術ストレス・炎症、痛みのストレスと過剰な甲状腺ホルモンに全身の臓器が耐えられなくなり、生命に危険が及ぶ甲状腺クリーゼをおこす危険があります。甲状腺を切除しても、血中には多量の甲状腺ホルモンが残っているためです。施設にもよりますが、一般的にはFT3<5.0まで下がれば手術可能状態です。
また、甲状腺ホルモンが正常化していないなら、麻酔前投薬のアトロピンで甲状腺機能亢進症悪化の危険性。
ICU入室直後から喘鳴・努力様呼吸を認め、胸部X線は両側肺野の透過性が低下し急性肺水腫の像。
治療は、気管チューブを再挿管し、終末呼気陽圧を併用した陽圧換気(PEEP)を行います。
雪崩などによる窒息で陰圧性肺水腫
雪崩などの窒息による陰圧性肺水腫の治療に、鼻カニューラを用いたネーザルハイフローという高流量酸素供給システム(酸素濃度21〜100%,流量は最大60L)があります。自発呼吸が保たれていれば、挿管しなくてもPEEPの代わりになります。
甲状腺摘出術後数日~数週間~数年後も起こり得る声門下狭窄。その原因は気管内挿管・気管切開により
- 挿管チューブが粘膜を圧迫し、虚血性の浮腫・潰瘍が生じる(短期的)
- 挿管チューブが粘膜を刺激し、肉芽形成、組織の線維化・瘢痕化をおこす(長期的)
などです。
声門下狭窄の症状は喘鳴を伴う呼吸困難で、吸気時・呼気時の高音性連続ラ音を聴取します。術後数年して発症する進行が遅い例では、気管支喘息として長期間治療されている事があります。
声門下狭窄の診断は頚部CTで声門下の狭窄を見つける事で、いくら肺を調べても無駄です。
声門下狭窄の治療は、狭窄が高度で呼吸困難、低酸素血症を認める場合、緊急で気管内挿管(ただし入らない)・気管切開が必要です。
(図 Ann Cardiothorac Surg. 2018 Mar 7(2);299-305)
甲状腺摘出術後喉頭浮腫は、「頸部手術に起因した気道閉塞に係る死亡事例の分析」として、「医療事故の再発防止に向けた提言 第16号」に取り上げられ、日本医師会員すべてに配布されています。
下記の甲状腺摘出後出血は、甲状腺手術後に一定の割合でおこるため、甲状腺外科なら予測の範囲で、迅速な対応ができます。また、甲状腺摘出後出血をおこす可能性が高い術式は、甲状腺外科医が心得ているため、最初から警戒を怠る事は無いでしょう(甲状腺全摘術、両側頸部リンパ節郭清術、長時間手術など)。
ただし、甲状腺摘出術後、特にドレーンも血性でなく、術創部の腫れもないが、じわじわ術後出血が持続し、喉頭浮腫が進行する事があります。また、甲状腺摘出後出血を見つけ血腫を除去して安心した後におきる場合があります。
甲状腺摘出術後喉頭浮腫は、
- 術後、明らかな甲状腺摘出後出血がみられず、油断した時におこる
- 帰室直後の血中酸素飽和度を測るパルスオキシメーター(SpO2)も正常(98-99%)[急変直前までSpO2は低下しない]。患者には術創部の痛み、声が出にくいなどの症状があるものの、頚部を切開した直後なので、これだけで甲状腺摘出術後喉頭浮腫という事にはならない。しかし、警戒は必要
患者は術創部の痛みが増強し、痰の絡みと息苦しさを訴え、ベッド上で度々起き上がったり座位になります。しかし、前述の通り異常所見が無いため「切った後は痛いもんですよ」で終わる危険があります。ここで甲状腺摘出術後喉頭浮腫を見逃してはいけません。特に「痰の絡みと息苦しさ」は決定的で、喉頭浮腫により狭くなった気道で唾液や痰が絡むため、頸部聴診で喘息と同様に「ヒューヒュー」した音が聞こえます。痰を吐くティッシュペーパーの使用量が増えているのに気が付けば上出来。注意すべきは、痰が増えているからと吸引処置すると、吸引刺激によって喉頭痙攣(けいれん)が誘発され、急激に喉頭浮腫が悪化して気道閉塞に至るこ事態です。頸部が呼吸と共に陥没すれば、かなり危ない状態で、絶対に見逃してはいけません。
甲状腺摘出術後喉頭浮腫が見逃され窒息寸前になると、低酸素血症がおこり(初めてSpO2が低下)、不穏状態でベッド上に立ち上がります→窒息・心肺停止。口腔内・喉頭浮腫のため気管内挿管は不能、術創-気管切開し気道確保が必要。
甲状腺摘出術後喉頭浮腫が見逃される理由として、
気道狭窄が生じても呼吸回数の増加で代償されている間は SpO2 がある程度保たれ、窒息の直前までSpO2 は低下しません。しかし、前兆として
- 呼吸回数の増加(術創が痛いので呼吸数も増加するため紛らわしい)
- 頸部聴診で喘鳴や狭窄音を認める(これは決定的)
術後肺合併症には、肺炎、無気肺、胸水などがあります。
無気肺は術後だけでなく、麻酔が効いている人工呼吸器理中にも生じます。無気肺をおこせば、吸入酸素濃度100%にもかかわらずPaO2が低下し、呼吸性アシドーシスに至る。ポータブル胸部エックス線を撮れば無気肺と分かります。無気肺の処置は気管支内視鏡による吸引。
また、甲状腺手術後の合併症としても皮下気腫→縦隔気腫→気胸がおこります。
高齢者では術後の呼吸器合併症が発症しやすく、
- 残気量の増加
- 肺活量の低下
- 嚥下反射の閾値が上昇→誤嚥性肺炎・びまん性誤嚥性細気管支炎
- 気道の線毛運動の低下
が原因。
甲状腺摘出後出血
甲状腺摘出手術を終え、病棟に帰室後数時間(術後6時間以内が多く、96%が術後24時間以内)して急速な頚部腫大と、それに続く呼吸困難がおこれば甲状腺摘出後出血です。頸部に狭窄音が聴取されます。ひとたび呼吸困難症状が出れば、気管内挿管は手慣れた麻酔科医や救命医であっても困難です。
頚部腫脹を確認した時点で(呼吸困難がおこる前に)、準緊急的な手術室搬送を行い、気管内挿管後全身麻酔下に頚部創を再開創します。術後、病棟看護師が「ひも法による頸周囲測定」を定時的に行い、早期発見に努めている施設もあります。
血腫を除去することで気道狭窄は改善、そして止血術を施行。
甲状腺摘出後出血で注意すべき点として、
- 頚部の圧迫止血は気道狭窄を悪化させるので禁
- ベッド上の経口あるいは経鼻気管挿管は、頸部が腫れた状態では非常に困難。何度か挿管を試みることで気道浮腫が生じ呼吸困難が悪化
(World J Surg. 2020 Apr;44(4):1156-1162.)[Gland Surg. 2017 Oct;6(5):510-515.]
遅発性甲状腺摘出後出血
甲状腺摘出後出血がゆっくり起こって、翌日に頚部腫大する場合もあるので注意を要する。術後の浮腫と誤診すると窒息死に至るため、
- 超音波(エコー)検査で血腫を確認
- 傷口を一部開けて出血を確認
する必要がある。
術後2日のドレーン排液の性状は淡血性ないし漿液性なので、
- 血性なら甲状腺摘出後出血
- 混濁した膿性の排液なら術創感染
- 米のとぎ汁様(乳白色)ならリンパ管損傷(胸管損傷によると乳び胸水(乳び漏))
です。
術後24時間以上して起きる甲状腺摘出後出血には、凝固異常が関与している可能性があります。
退院後に起きる甲状腺摘出後出血
甲状腺摘出後、数日~一週間以上(既に退院している状態)して起こる出血もあります。男性、甲状腺全摘術、および外側頸部郭清は、出血遅延の危険因子です。術後55日して起こるケースもあります。[Sci Rep. 2023 Oct 26;13(1):18342.]
入院中なら、すぐに対応可能でしょうが、院外で起こると厄介です。まさか一週間以上(例えば10日)も経過して甲状腺摘出後出血がおこると思わないため、術創の腫れ・痛み、呼吸困難があれば、むしろ術創の感染を疑うかもしれません。
退院後も2週間以内は、甲状腺摘出後出血が起きる可能性があることを、事前に患者に説明しておく必要があります。退院後に患者が旅行に行った場合、日本国内なら余程の僻地でない限り、対応する医療機関はあるでしょうが、海外であれば何とも言えません。
頚部超音波(エコー)検査で血腫を確認し、傷口を一部開けて出血を確認する必要があります。
甲状腺摘出後出血をおこしやすい血管・甲状腺疾患と危険因子
出血部位は前頚筋群表層や皮弁皮下組織など。上甲状腺動脈、前頸静脈は最も甲状腺摘出後出血をおこしやすい血管です。
筆者の個人的な見解として、3cm以上の大きな腫瘍でおこりやすい印象です。
良性疾患と悪性疾患の術後出血率は同程度で、化学療法または放射線療法の既往歴は、術後出血に有意な影響を及ぼしません。
甲状腺摘出後出血の危険因子は、
- 良性疾患では高血圧、糖尿病、肥満、良性濾胞腺腫
- 悪性疾患では高血圧、糖尿病、肥満、長い手術時間、腫瘍病期(T3 or T4)、リンパ節郭清、気管切開
[Front Oncol. 2020 Jul 23:10:1075.]
甲状腺摘出後出血の予防にVessel sealing system(LigaSureTM)
高マグネシウム血症
照射洗浄血小板-LR「日赤」の使用に際し、高マグネシウム血症、甲状腺機能低下症、腎不全患者には慎重投与する事になっています。マグネシウム塩を含むため、腎不全患者ではマグネシウムを排泄できず高マグネシウム血症おこす危険。
輸血関連急性肺障害(TRALI)
輸血中あるいは輸血後6時間以内に、急激な呼吸困難と、両肺にびまん性の浸潤影を認めれば、輸血関連急性肺障害(Transfusion-related acute lung injury:TRALI)が疑われます。
輸血関連急性肺障害(TRALI)の原因として、血液製剤中の
- 抗白血球抗体(抗HLA抗体抗顆粒球抗体)
- 正体不明の生理活性物質
が考えられます。
急性呼吸窮迫(きゅうはく)症候群(ARDS)と同じく非心原性肺水腫で、約80%は48~96時間以内に回復しますが、致死率は5-10%です。(Lancet. 2013 Sep 14;382(9896):984-94.)
甲状腺に限らず、手術の一般的な合併症である感染症。甲状腺がんなど元の病気で免疫力が低下した状態に、麻酔・手術の侵襲で更に体が弱ると、普段感染しないような弱毒細菌でも肺炎、敗血症、髄膜炎、心内膜炎、骨髄炎など重篤(重症)な感染症をおこします(日和見感染)。
術後MRSA感染症
黄色ブドウ球菌自体は誰の皮膚、鼻粘膜、口腔内にも付着している弱毒菌で、免疫力が正常なら特に何も問題にはなりません。もし、免疫力が低下して黄色ブドウ球菌に感染しても、通常の抗生物質が効くため普通に治療できます。
MRSAはメチシリン耐性黄色ブドウ球菌で、通常の抗生物質が効かなくなった(抗生物質耐性遺伝子を獲得した)厄介な菌です。
MRSAが検出された場合、他の免疫力が低下した患者さんに感染(院内感染)するのを防ぐため、隔離部屋に移る必要があります
甲状腺癌に対する甲状腺亜全摘出術後に網膜枝動脈閉塞症をおこした報告があります。甲状腺摘出術後5日で右眼の上鼻側の視力低下と視野喪失を認め、眼底検査で網膜浮腫,出血を伴う網膜下側頭枝動脈閉塞と診断。直ちに前眼房に穴を開け、眼球マッサージ(眼圧を低下させ動脈内血栓をより末梢へ移動させ、視力・視野障害の改善を図る)しながら抗凝固剤を静脈内投与したにもかかわらず、視野障害は改善しませんでした。術後突発性網膜枝動脈閉塞症の最大の原因は塞栓です。甲状腺摘出術時に頸動脈が伸展され、アテローム性プラークが破綻し塞栓が形成されたと考えられます。[Surg Today. 1993;23(8):750-4.]
元々、甲状腺機能低下症/潜在性甲状腺機能低下症/橋本病のため動脈硬化が進行し、頸動脈プラークがある人は要注意です。(甲状腺と動脈硬化)
甲状腺の手術であっても、広範囲に浸潤した甲状腺がんを摘出する長時間手術中や手術後に、下肢静脈血栓症をおこす危険があります。血栓が肺に飛び、肺動脈が詰まる肺血栓塞栓症は突然死の原因となります。医療機関によっては、下肢静脈血栓予防のため、弾性ストッキングを使用する所もあります。
長期臥床は、呼吸器合併症や下肢深部静脈血栓症の原因となるため、手術侵襲度によって手術当日もしくは翌日から離床を行います。
入院、全身麻酔下での甲状腺手術という急激かつ非日常的な環境変化に適応できない高齢者は、術後せん妄(Postoperative delirium: POD)をおこす可能性があります。術後せん妄は65歳以上の術後患者の10〜26%に発生します。
せん妄は一過性の意識障害の一つであり、手術以降の夜間に、
- 見当識障害
- 妄想;つじつまの合わない言動など
- 幻視
- 不安・不眠・興奮
- 記憶障害
が生じます。短時間で変動し、日中にも起こるが、夜間に悪化しやすい。
術後に生じる甲状腺ホルモン変動が術後せん妄の原因とする説があります。[J Alzheimers Dis. 2008 May;14(1):95-105.]
術後せん妄が生じると、点滴・ドレーンを抜いたり、徘徊して転倒したり、危険な行動を起こします。結果、入院が長期化し、生命予後が悪くなります。また、意志決定が難しくなるためインフォームドコンセントが困難になります。
ベンゾジアゼピン系薬剤の投与は術後せん妄を増悪させます。
周術期に投与された薬物(麻酔薬や抗菌薬)による肝内胆汁うっ滞が起きる可能性があります。術後数日して眼球結膜に黄染を認め、総ビリルビン・直接ビリルビン、肝酵素・胆道系酵素が上昇します。
甲状腺関連の上記以外の検査・治療 長崎甲状腺クリニック(大阪)
- 甲状腺編
- 甲状腺編 part2
- 内分泌代謝(副甲状腺/副腎/下垂体/妊娠・不妊等
も御覧ください
長崎甲状腺クリニック(大阪)とは
長崎甲状腺クリニック(大阪)は日本甲状腺学会認定 甲状腺専門医[橋本病,バセドウ病,甲状腺超音波(エコー)検査など]による甲状腺専門クリニック。大阪府大阪市東住吉区にあります。平野区,住吉区,阿倍野区,住之江区,松原市,堺市,羽曳野市,八尾市,天王寺区,東大阪市,生野区も近く。