粘液水腫性昏睡の治療 [日本甲状腺学会認定 甲状腺専門医 橋本病 バセドウ病 甲状腺超音波エコー検査 甲状腺機能低下症 長崎甲状腺クリニック 大阪]
甲状腺:専門の検査/治療/知見① 橋本病 バセドウ病 甲状腺エコー 長崎甲状腺クリニック大阪
甲状腺専門の長崎甲状腺クリニック(大阪府大阪市東住吉区)院長が海外・国内論文に眼を通して得た知見、院長自身が大阪市立大学 代謝内分泌内科で得た知識・経験・行った研究、甲状腺学会で入手した知見です。
長崎甲状腺クリニック(大阪)以外の写真・図表はPubMed等で学術目的にて使用可能なもの、public health目的で官公庁・非営利団体等が公表したものを一部改変しています。引用元に感謝いたします。
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一般の人、一般医は、「甲状腺の病気は、軽症が多く、死ぬ事は少ない」と考えている方が多いです。しかし、甲状腺の薬を長期間自己中断すれば、大変なことになる可能性があります。
甲状腺ホルモンが多くて生命に危険がおよぶ状態を、甲状腺クリーゼ(甲状腺緊急症)、足らなくて生命に危険がおよぶ状態を粘液水腫性昏睡と言います。いずれも発症すると死亡率は10%以上で、原因として甲状腺薬の自己中断が最も多いとされます。
既に粘液水腫性昏睡を起こした方は、すぐに救急外来と入院設備のある病院を受診ください。1日遅れると手遅れになります。
Summary
粘液水腫性昏睡の治療はICUで①保温②採血でACTH,コルチゾールを検査に出した後、副腎皮質ホルモン剤(ヒドロコルチゾン)先行投与+甲状腺ホルモン投与;LT4製剤[チラーヂンS錠(レボチロキシン)か静注液]大量投与(200-500μg)、またはLT4製剤中等量に実効(速効)ホルモンLT3(リオチロニン:チロナミン錠®)少量併用。③呼吸管理(最重要;死因1位はCO2ナルコーシス)、非侵襲的陽圧換気療法(NPPV)④抗生剤(感染症合併時)⑤低血圧・心不全の対症療法:塩酸ドパミン⑥低ナトリウム(Na)血症の対症療法。急激な補正は浸透圧性脱髄症候群の危険。
Keywords
甲状腺機能低下症,粘液水腫性昏睡,リオチロニン,治療,チラーヂンS,甲状腺ホルモン剤,副腎皮質ホルモン,CO2ナルコーシス,浸透圧性脱髄症候群,橋本病
- 粘液水腫性昏睡の治療(本ページ)
命に係わるため、粘液水腫性昏睡の管理・治療はICUで行います。
- 保温;室温を上げ27℃以上にする(異常に暑い。ICUは個室でないため、他の患者は汗をかいて脱水、電解質異常を来すので無理。もし、甲状腺クリーゼの患者がいたらどうすんねん)、毛布を掛ける(ただし電気毛布は、末梢血管を拡張させ、感染症性ショック/低血圧ショックを増悪させるので禁)
- 副腎皮質ホルモン剤(水溶性ヒドロコルチゾン 300mg/日→意識レベルが改善すれば150mg/日に減量)+甲状腺ホルモン剤の投与(下記の方法):必ず同時か、副腎皮質ホルモン剤を先行投与[J Intensive Care Med. 2007 Jul-Aug;22(4):224-31.]
※必ず副腎皮質ホルモン剤投与前に、ACTH,コルチゾール (+ DHEA-S)測定を検査センターに出す。結果は、コルチゾールが翌日、それ以外は4-5日掛かり、治療開始時には役に立ちませんが、
①副腎皮質ホルモン剤減量の目安になる。
②甲状腺機能正常化後の副腎皮質ホルモン剤投与の目安になる。但し、甲状腺ホルモンは副腎皮質ホルモンを分解するので、治療前に副腎皮質機能正常でも、甲状腺ホルモン補充後は副腎皮質機能低下症になっている可能性あり。(第53回 日本甲状腺学会 P17 粘液水腫性昏睡の経過中に副腎皮質機能低下症が顕在化した一例)
- 呼吸管理(最重要)
死因の1位は高炭酸ガス血症から生じるCO2ナルコーシスなので気道確保が第一
早めの人工呼吸管理が安全
鼻カニューレなどで酸素投与する場合には、少量から開始。いきなり、高濃度O2を投与するとCO2ナルコーシスを誘発するので禁忌
非侵襲的陽圧換気療法(NPPV)が有効
重度の喉頭浮腫・声門上粘液浮腫により挿管困難を来す場合がある。(粘液水腫性昏睡で挿管困難に)
- 甲状腺ホルモン剤の投与(下記)
- 抗生剤;CRP陽性(感染症合併)時
- 元々使用していた麻酔薬、向精神薬など粘液水腫性昏睡の誘因となった薬剤は中止
- 低血圧・心不全の対症療法:塩酸ドパミンを3~5μg×体重(kg)/分のペースで点滴
- 120 mEq/L 以下の低ナトリウム(Na)血症には対症療法:5%高張食塩水を100mLずつ点滴し、フロセミドを併用。急激な補正は、浸透圧性脱髄症候群(橋中心髄鞘崩壊症)を誘発するので禁。
急速な血清ナトリウム(Na)上昇は、浸透圧性脱髄症候群(橋中心髄鞘崩壊症)を引き起こします。橋を中心とする中枢神経の脱髄(橋中心髄鞘崩壊症)で、四肢麻痺・仮性球麻痺・けいれん・意識障害をきたし、重症例では死亡します。
浸透圧性脱髄症候群(橋中心髄鞘崩壊症)は、48時間未満でおこる急速な低ナトリウム血症(脳外科手術後など)治療時よりも、48時間以上経過しておこる慢性低ナトリウム血症治療時に発症しやすいとされます。(日本内科学会雑誌 Vol105(4): 667-675, 2016)
LT4+T3の同時投与
甲状腺ホルモン剤のLT4製剤[チラーヂンS錠(一般名:レボチロキシン ナトリウム)]大量投与(200-500 μg)が一般的ですが、LT4製剤中等量に加えて実効(速効)甲状腺ホルモンであるLT3(リオチロニン、チロナミン錠®)を少量から開始する意見もあります。
LT3は2-4時間で血中濃度が上昇するため即効性があり、脳血液関門を通過するので中枢神経症状にも有効です(J Clin Endocrinol Metab. 2012 Jul;97(7):2256-71.)(Crit Care Med. 1983 Feb;11(2):99-104.)。ただし、LT3は直接心臓に作用するため、特に高齢者で心毒性(不整脈、狭心症・心筋梗塞誘発)の危険があります。一方で、それら心毒性が出現したなら、すぐに減量できる利点もあり、諸刃の剣です(Rev Endocr Metab Disord. 2003 May;4(2):137-41.)。
LT4+少量LT3 同時投与の比率は施設により異なりますが、帝京大学ではL-T4 200 μg/日 +L-T3 15 μg/日 分3 (5 μg を1日3 回)でうまくいったとの事です。(第57回 日本甲状腺学会 P1-048 中等量T4 に少量T3 を併用・経鼻胃管投与することで救命しえた粘液水腫性昏睡・高齢女性の2 症例)
LT4+少量LT3 同時投与で追い付かない場合、LT4+大量LT3 同時投与した1例として、LT4 200 μg/日 +LT3 50 μg/日を胃管にて投与(第60回 日本甲状腺学会 P1-6-8 集中治療にて救命しえた粘液水腫性昏睡の一例 )(Endocr J. 2019 May 28;66(5):469-474.)
大抵、腸管浮腫によりLT4は吸収悪く、胃でも吸収されるLT3投与は理にかなっています。
しかし、LT3≧75 μg/dayでは死亡率が増加するためお勧めできません(Thyroid. 1999 Dec;9(12):1167-74.)。
胃管での経口投与ができない場合、腸管浮腫が強い場合、LT4坐剤 or LT4注射薬[令和2年6月29日、「チラーヂンS静注液200μg」(一般名:レボチロキシンナトリウム水和物)が発売]を使う方法もあります。
問題は、「口から薬を飲めない、または飲めても吸収されない人」に使用する場合。薬価は1管あたり 2万211円とべらぼうな値段です。チラーヂンS錠は1錠10円なのを考えれば、何考えとんねん!(筆者は憤りを覚えます)。こんなのを日常診療で使用したら、口から薬を飲めない、飲めても吸収されない甲状腺機能低下症/橋本病患者は、高額医療患者になってしまい、べらぼうな医療費を、3割負担で払わされます。病院側も保険診療を監督する行政機関から目を付けられ、監査の対象になります。「高額医療」を責められ、厳しい指導を受け、「過剰診療」のレッテルを張られ、使用した「チラーヂンS静注液200μg」を病院の自己負担(要するに赤字)に転嫁されます(減点、査定)。さらには、痛くもない腹まで探られます。治療する側も、される側もひどい目に合います。とても当院では恐ろしくて使用できません。
最も粘液水腫性昏睡は、ICUのある総合病院でしか診れません。総合病院の医療費はDPCシステム(主病名によって保険点数が決っている)のため、「チラーヂンS静注液200μg」を使えば使うほど赤字になります。
さらに問題なのは、「チラーヂンS静注液200μg」の有効期間が非常に短い事です。製造年月日から2年間になっていますが、工場から出荷され、卸業者の元に保管されるので、賞味期限は確実に2年未満です。そして、購入後、その短期間に使い切らなければ使用期限が切れて廃棄処分になり、赤字だけが残ります。
採算を考えなくてよい全国の大学病院や3次救急施設での「チラーヂンS静注液200μg」採用率は増加傾向ですが、民間病院で採用されないのは当然でしょう。
結局、「チラーヂンS静注液200μg」は病院が損をして、製薬会社だけが得をする日本の医療制度の闇そのものです。
甲状腺全摘出後に使用されるチラーヂンS静注液200μg
粘液水腫性昏睡の患者数は、さほど多くなく、実際の医療現場で「チラーヂンS静注液200μg」が最も多く使用されるのは、甲状腺全摘出後です。これも入院中に使用されるため(そりゃあ、口から飲めれば退院だわ)、DPCシステム(主病名によって保険点数が決っている)の病院は「チラーヂンS静注液200μg」を使えば使うほど赤字になります。
LT4注射薬の作製法
チラーヂンS静注液200μg®が発売されたので、自前でLT4注射薬を作る必要性は無くなりましたが、報告されているLT4注射薬の作製方法は、
L-Thyroxine sodium salt pentahydrate 5mg を0.1N NaOH 1mL に溶解→生理食塩水50 mL に希釈→0.2μのメンブレンフィルターで滅菌ろ過→滅菌バイアルに分注(100 μg/mL になります)。
(第53回 日本甲状腺学会 P-145 L-thyroxine 注射薬の院内調剤経験)
但し、必ず院内の倫理委員会の承認を得なければなりません。医師・薬剤師以外の方が、勝手に作ってはいけません(薬事法違反になります)。
甲状腺ホルモン剤の効果判定
甲状腺機能の判定は血中TSHで行い、FT3,FT4では行いません。脳下垂体は、甲状腺機能低下自体や呼吸不全、低体温・低血圧・徐脈・低Na(ナトリウム)血症によりダメージを受けているため、TSH合成・分泌ができない。TSHの上昇は下垂体細胞の回復を意味します。
粘液水腫性昏睡の治療開始後数日して、下垂体機能が回復すると、血中TSH値が再上昇します。
粘液水腫性昏睡に糖尿病ケトアシドーシスを合併
元々、コントロール不良の糖尿病を持っていて、感染を契機に粘液水腫性昏睡と糖尿病ケトアシドーシス両方を起こした場合、甲状腺ホルモン剤、副腎皮質ホルモン剤投与せざる得ないためインスリン投与量は当然多くなるでしょう。
甲状腺関連の上記以外の検査・治療 長崎甲状腺クリニック(大阪)
長崎甲状腺クリニック(大阪)とは
長崎甲状腺クリニック(大阪)は日本甲状腺学会認定 甲状腺専門医[橋本病,バセドウ病,甲状腺超音波(エコー)検査など]による甲状腺専門クリニック。大阪府大阪市東住吉区にあります。平野区,住吉区,阿倍野区,住之江区,松原市,堺市,羽曳野市,八尾市,東大阪市,天王寺区,生野区,浪速区も近く。