免疫チェックポイント阻害薬(ICI)による甲状腺・下垂体・副腎免疫関連有害事象 (irAE)[橋本病 バセドウ病 甲状腺エコー検査 長崎甲状腺クリニック 大阪]
甲状腺:専門の検査/治療/知見① 橋本病 バセドウ病 甲状腺エコー 長崎甲状腺クリニック大阪
甲状腺専門の長崎甲状腺クリニック(大阪府大阪市東住吉区)院長が海外・国内論文に眼を通して得た知見、院長自身が大阪市立大学大学院医学研究科 代謝内分泌病態内科学で得た知識・経験・行った研究、日本甲状腺学会で入手した知見です。
長崎甲状腺クリニック(大阪)以外の写真・図表はPubMed等で学術目的にて使用可能なもの、public health目的で官公庁・非営利団体等が公表したものを一部改変しています。引用元に感謝いたします。
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(図; Kidney Int Rep. 2020 Apr 29;5(8):1139-1148.より改変)
長崎甲状腺クリニック(大阪)は甲状腺専門クリニックです。免疫チェックポイント阻害薬(ICI)を扱っておりません。
Summary
免疫チェックポイント阻害薬(ICI)による内分泌系の免疫関連有害事象 (irAE)は①甲状腺irAE;ほとんど無痛性甲状腺炎(破壊性甲状腺炎)、最初から甲状腺機能低下症、稀に甲状腺機能亢進症/バセドウ病や甲状腺眼症が発症・再発②自己免疫性(リンパ球性)下垂体炎;ほとんどは永続性ACTH単独欠損症による続発性副腎皮質機能低下症。生理量ヒドロコルチゾンのみ投与③原発性副腎皮質機能低下症(アジソン病)④劇症1型を含む1型糖尿病が時間差を置いて異所性異時性に発症。irAEが起きた方が原疾患(元の癌)の予後良いため、無理にステロイド大量投与はしない。
Keywords
免疫チェックポイント阻害薬,ICI,免疫関連有害事象,irAE,甲状腺,破壊性甲状腺炎,甲状腺機能低下症,甲状腺機能亢進症,バセドウ病,下垂体炎
ニボルマブ(オプジーボ®)、ペムブロリズマブ(キイトルーダ®)、イピリムマブ(ヤーボイ®)による甲状腺機能障害(甲状腺irAE)
以下は本ページ
- 内分泌系免疫関連副作用[免疫関連有害事象 (immune-related adverse event, irAE)]の特徴
- 免疫関連副作用[免疫関連有害事象(irAE)]で下垂体炎、副腎皮質機能低下症、インスリン依存型糖尿病も
- 免疫チェックポイント阻害薬による甲状腺機能障害(甲状腺irAE)
- 免疫チェックポイント阻害薬による甲状腺中毒症[無痛性甲状腺炎(破壊性甲状腺炎)]と下垂体炎の合併
- 免疫チェックポイント阻害薬(ICI)と受容体型チロシンキナーゼ阻害薬の併用療法による甲状腺機能障害(甲状腺irAE)
- 免疫チェックポイント阻害薬(ICI)と抗VEGF抗体の併用療法による甲状腺機能障害(甲状腺irAE)
- 免疫チェックポイント阻害剤(ICI)はレボチロキシン(チラーヂンS錠)のアレルギー性肝障害を誘発
- 免疫チェックポイント阻害薬による下痢
免疫チェックポイント阻害薬(immune checkpoint inhibitor, ICI)は、Tリンパ球細胞を活性化して癌に対する免疫力を高めますが、自分自身に対する余計な免疫(自己免疫)まで誘導します[免疫関連副作用(immune-related adverse event, irAE)]。
特に内分泌系(甲状腺、下垂体、副腎、膵臓のランゲルハンス島)の免疫関連副作用(irAE)が問題になっています。甲状腺に関する免疫関連有害事象 (irAE)は高頻度におこり、無痛性甲状腺炎(破壊性甲状腺炎)・甲状腺機能低下症などです。稀ながらバセドウ病の場合もあります。
甲状腺以外では自己免疫性(リンパ球性)下垂体炎、原発性副腎皮質機能低下症(アジソン病)、劇症1型を含む1型糖尿病などです。
免疫チェックポイント阻害薬(ICI)の添付文書には、「甲状腺機能障害、下垂体機能障害および副腎機能障害があらわれることがあるので、内分泌(機能)検査[TSH、遊離T3(FT3)、遊離T4(FT4)、ACTH、血中コルチゾールなどの測定]を定期的に行うこと」、また「必要に応じて画像検査などの実施も考慮すること」と記載されています。
「定期的に」と言っても、何か月・何日間隔か?大まかでも良いから具体的な数字を示さないのが相変わらず小狡いところです。保険診療なので、毎月、漫然と測定すれば査定(減点、医療機関の赤字)されます。症状や検査所見から免疫関連有害事象 (irAE)の発生が疑われる場合を除けば、3 ヵ月に1度が限度でしょう。免疫関連有害事象 (irAE)が疑われるなら(当然、その旨をレセプトに記載)、1ヵ月に1度でも査定されないかもしれません[ただ、免疫チェックポイント阻害薬(ICI)は高額医療なので難癖付けて減点に持っていかれると思います]。一月に2回以上、同じホルモンを調べれば、間違いなく減点でしょう。
内分泌系の免疫関連有害事象 (irAE)は、複数の内分泌腺(内分泌臓器)が時間差を置いて発症します(異時性・異所性)。そのため、最初の疾患を治療中に別の疾患が加わり、治療内容の変更を余儀なくされます。特に、甲状腺機能低下症に対して甲状腺ホルモン剤を投与中、(原発性・続発性)副腎皮質機能低下症が発症すれば、副腎皮質ホルモン(コルチゾール)を甲状腺ホルモンが分解するので重症化します。
逆に、(原発性・続発性)副腎皮質機能低下症に副腎皮質ホルモン剤を投与中、破壊性甲状腺炎・甲状腺機能亢進症/バセドウ病が発症すれば、甲状腺ホルモン(T3)により副腎皮質ホルモンが分解されるため重症化します。[免疫チェックポイント阻害薬による甲状腺中毒症[無痛性甲状腺炎(破壊性甲状腺炎)]と下垂体炎の合併]
他の内分泌腺(内分泌臓器)にも異常が起きないか、常に注意を払う必要があります。
また、内分泌系の免疫関連有害事象 (irAE)は、マルチキナーゼ阻害薬(Multi-targeted Tyrosine Kinase Inhibitors:mTKI)の使用歴がある場合に起こりやすいとされます[Pharmazie. 2022 Feb 1;77(2):54-58.](第65回 日本甲状腺学会 O8-6 抗PD-L1抗体による甲状腺障害の発症リスク因子の検討)。
自己免疫性(リンパ球性)下垂体炎がおきる確率は、
- 抗PD-1 抗体(ニボルマブ、ペムブロリズマブ)・抗PD-L1 抗体(アテゾリズマブ)で1%弱[BMJ. 2018 Mar 14:360:k793.]
- 抗CTLA-4 抗体(イピリムマブ)で3.8%(JAMA Oncol. 2018 Feb 1;4(2):173-182.)
いずれも投与後7週以降に起こります。不思議な事に報告例のほとんどは、ACTH(副腎皮質刺激ホルモン)単独欠損症による続発性(下垂体性)副腎皮質機能低下症です。
免疫チェックポイント阻害薬(ICI)によるACTH(副腎皮質刺激ホルモン)単独欠損症の特徴として、
- 有病率は男性でやや高い(男女比1.6/1)。診断時の平均年齢は63.2±11.6歳(30-87歳)。原疾患は黒色腫(35%)、肺がん(28.3%)、腎臓がん(18.3%)。ニボルマブ(60%)、ペムブロリズマブ(18.3%)。発症までの期間の中央値は6か月(4-8か月)。診断時の主な症状は倦怠感(82.8%)と食欲不振(67.2%)。検査所見は低ナトリウム血症(68%)、好酸球増加症(31.8%)。下垂体MRI検査は、ほとんどの患者で正常(93%)。甲状腺炎の合併(35%)。[Pituitary. 2021 Aug;24(4):630-643.]
- 下垂体irAEとして発症したACTH単独欠損症の約半数は、ACTHが正常範囲にあるとされます。要するにコルチゾール(副腎皮質ホルモン)の低下に見合うACTH上昇が起こらないのです。(第63回 日本甲状腺学会 CR2-4 抗PD-1抗体による下垂体関連有害事象は甲状腺機能異常を合併する)
その際には、FT3/FT4比が上昇(第65回 日本甲状腺学会 HS3-4 抗PD-1抗体による下垂体関連有害事象に伴う甲状腺機能異常の特徴)。脱ヨード酵素2型(DIO 2)の活性化により、甲状腺ホルモンT4(前駆体) から T3(活性型) への変換が促進されるためと考えられます。
- 自己免疫性(リンパ球性)下垂体炎の発症時(ごく初期)には、一時的にACTH、コルチゾールともに上昇します(その後低下)。(第64回 日本甲状腺学会 27-2 ニボルマブ、イピリムマブ投与後にTSHレセプター抗体(TRAb)上
昇を伴う甲状腺中毒症と下垂体副腎皮質機能低下症を発症した一例)
免疫チェックポイント阻害薬(ICI)による自己免疫性(リンパ球性)下垂体炎(下垂体irAE)が起これば、
- 逆に原疾患(元の癌)の全生存期間は有意に延長[Ann Oncol. 2017 Mar 1;28(3):583-589.][Cancer. 2018 Sep 15;124(18):3706-3714.]
- 副腎皮質ステロイド薬、プレドニゾロンの大量投与は、
①免疫チェックポイント阻害薬(ICI)で高められた癌免疫も低下させるため、原疾患(元の癌)の全生存期間を短くする可能性[Cancer. 2018 Sep 15;124(18):3706-3714.]
②続発性(下垂体性)副腎皮質機能低下症の予後を改善させるエビデンスは無い
などの理由で
続発性(下垂体性)副腎皮質機能低下症=ACTH分泌不全がある場合、生理量ヒドロコルチゾン 10-20mg/日のみ投与
ただし、副腎クリーゼ(急性副腎不全)の場合は副腎皮質ステロイド薬大量投与してステロイドレスキュー治療を行う。
- たとえ免疫チェックポイント阻害薬(ICI)を中止しても自己免疫性(リンパ球性)下垂体炎の経過は不変。一端おこると最後まで止まらない。[Clin Cancer Res. 2015 Feb 15;21(4):749-55.]
- TSH分泌障害(中枢性甲状腺機能低下症)、性腺刺激ホルモン分泌障害は可逆的でも、ACTH分泌障害[続発性(下垂体性)副腎皮質機能低下症]は永続性[Clin Cancer Res. 2015 Feb 15;21(4):749-55.]。
免疫チェックポイント阻害薬(ICI)による自己免疫性の原発性副腎皮質機能低下症は報告例が少なく、正確な頻度は不明ですが0.7%位とされます。抗PD-1 抗体と抗CTLA-4抗体のコンビネーション治療で確率は上がり4.2%になります。(JAMA Oncol. 2018 Feb 1;4(2):173-182.)
免疫チェックポイント阻害薬(ICI)投与中に高カルシウム血症がおこれば、続発性(2次性、下垂体性)副腎皮質機能低下症または原発性副腎皮質機能低下症の発症を疑わねばなりません(副腎皮質機能低下症でも高カルシウム血症 )。
もちろん、無痛性甲状腺炎(破壊性甲状腺炎)単独でも高カルシウム血症は起こり得ますが(無痛性甲状腺炎でも重度の高カルシウム血症に)、副腎皮質機能低下症も同時発症していると、さらに高カルシウム血症がおこりやすくなります。報告では、補正Ca 13.2 mg/dL まで上昇し、プレドニゾロン(PSL)30mg点滴静注、 ゾレンドロン酸静注により血清カルシウム値は低下したそうです。(第60回 日本甲状腺学会 P2-6-4 悪性黒色腫に対するニボルマブ治療中止後2ヶ月目に強い倦怠感・ 嘔気を伴う甲状腺中毒症、高カルシウム血症で緊急入院となった 一例)
免疫チェックポイント阻害薬(ICI)による自己免疫性インスリン依存型糖尿病は報告例が少なく、正確な頻度は不明ですが0.2%位とされます。(JAMA Oncol. 2018 Feb 1;4(2):173-182.)
免疫チェックポイント阻害薬(ニボルマブ)で劇症1型糖尿病と無痛性甲状腺炎(破壊性甲状腺炎)を同時発症した報告もあります(Tohoku J Exp Med. 2018 Jan;244(1):33-40.)。このケースでは、ただ単に免疫関連副作用[免疫関連有害事象 (immune-related adverse event, irAE)としての自己免疫性インスリン依存型糖尿病が、超加速されて発症しただけと筆者は考えています。(診断基準は同一でも特発性の劇症1型糖尿病とは根本的に異なると思います)[劇症1型糖尿病と無痛性甲状腺炎の合併]
免疫チェックポイント阻害薬(ICI)による甲状腺機能障害(甲状腺irAE)がおきる頻度は、
- 抗PD-1 抗体(ニボルマブ、ペムブロリズマブ)単独で9.1-9.9%[Br J Cancer. 2020 Mar;122(6):771-777.][J Clin Endocrinol Metab. 2022 Mar 24;107(4):e1620-e1630.]
- 抗PD-1 抗体(ニボルマブ、ペムブロリズマブ)と抗CTLA-4 抗体(イピリムマブ)併用で約37%[J Clin Endocrinol Metab. 2022 Mar 24;107(4):e1620-e1630.]
免疫チェックポイント阻害薬(ICI)による甲状腺機能障害(甲状腺irAE)の特徴として、
- 発症頻度はニボルマブで約7%、イピリムマブで約2%
- 約6割は投与3ヶ月以内に発症
- 日本では無痛性甲状腺炎(破壊性甲状腺炎)がほとんど
ただし、強烈な破壊性甲状腺炎は有痛性甲状腺炎もしくは非ウイルス感染性亜急性甲状腺炎の場合も[Front Oncol. 2023 Oct 2:13:1190491.] - 最初から甲状腺機能低下症をおこす事もある
- 海外では多く、日本では稀だが、バセドウ病や甲状腺眼症(Eur J Endocrinol. 2011 Feb; 164(2):303-7.)のの報告もある
- 甲状腺機能亢進症/バセドウ病が再発
- 甲状腺機能亢進症/バセドウ病治療中に無痛性甲状腺炎(破壊性甲状腺炎)が起きる
- 軽症が多いものの、海外では甲状腺クリーゼをおこした報告が2例ある[Endocrinol Diabetes Metab Case Rep. 2015;2015:140092.][J Med Case Rep. 2018 Jun 19;12(1):171.]
- 免疫チェックポイント阻害薬(ICI)投与前より、抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(TPO抗体)や抗サイログロブリン抗体(Tg抗体)が陽性の場合、陰性例に比べ
①無痛性甲状腺炎(破壊性甲状腺炎)を発症する確率が高い(50% vs 1.7%)
②永続的な甲状腺機能低下症になった後の甲状腺ホルモン剤(チラーヂン)補充量が多くなる(Endocr Pract. 2019 Aug;25(8):824-829.)(J Endocr Soc. 2018 Feb 6;2(3):241-251.) - 特に抗サイログロブリン抗体(Tg抗体)陽性者でリスクが高い[J Clin Endocrinol Metab. 2023 Sep 18;108(10):e1056-e1062.]
- 抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(TPO抗体)や抗サイログロブリン抗体(Tg抗体)が経過中に陽性化すると、顕在性甲状腺機能低下症に移行する頻度が高い
- 甲状腺irAEが起きた場合、約50%は甲状腺機能正常化しますが、7.7%は甲状腺ホルモン剤補充が必要になります。永続性甲状腺機能低下症になるケースでは、
①元々のTSHが高い
②元々、抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(TPO抗体)や抗サイログロブリン抗体(Tg抗体)陽性
③免疫チェックポイント阻害薬(PD-1/PD-L1阻害剤)の投与期間が長い(約3カ月)
(Endocrinol Metab (Seoul). 2021 Apr 6.) - 副腎皮質ホルモン剤(ステロイド剤)投与で顕性甲状腺機能低下症への移行を阻止できるかどうか不明。そもそも、副腎皮質ホルモン剤の使用で、元の癌に対する免疫を低下させるデメリットの方が大きい
- テセントリク®(アテゾリズマブ)は、癌細胞側に発現するPD-L1に対する抗PD-L1抗体です。23.5%で甲状腺機能障害(他剤と比べて2倍以上の頻度)①非ウイルス感染性亜急性甲状腺炎[第64回 日本甲状腺学会 28-3 PD-L1抗体(アテゾリムマブ)による亜急性甲状腺炎(irAE)の一例]
②筋けいれんと血清CK(CPK)値の上昇(報告では8450 U/L)を伴う甲状腺機能低下症[Respir Med Case Rep. 2022 Jan 20;36:101585.]
と、他剤と比べて特徴的(それだけ、強力に免疫反応を誘発すると言うことか?)。
甲状腺中毒症[無痛性甲状腺炎(破壊性甲状腺炎)、バセドウ病含む]は、抗PD-1 抗体(ニボルマブ、ペムブロリズマブ)の1.0-7.7%、抗CTLA-4抗体(イピリムマブ)の1.0-2.3%に起きます(JAMA Oncol. 2018 Feb 1;4(2):173-182.)
群馬大学の報告では、甲状腺中毒症発症時・発症後に、何らかの理由(効果不十分・下垂体炎、薬剤性肺炎、サルコイ ドーシス様の両側肺門リンパ節腫脹を発症した)により
- 免疫チェックポイント阻害薬(ICI)を中止
- 高用量プレドニゾロン投与
すると永続性甲状腺機能低下症への移行を阻止できる可能性があります。(第60回 日本甲状腺学会 P2-6-1 当院で経験した免疫チェックポイント阻害薬投与後に甲状腺機能異常を呈した6例の臨床的特徴)
一方で、高用量ステロイド投与で永続性甲状腺機能低下症への移行を阻止できないとする報告もあります[Cancer Immunol Res. 2019 Jul;7(7):1214-1220.]。
しかし、せっかく免疫チェックポイント阻害薬(ICI)で高められた癌免疫も、ステロイド(高用量プレドニゾロン)投与で低下するため、甲状腺クリーゼにでもならない限りは対症療法で凌ぎ、永続性甲状腺機能低下症になったら甲状腺ホルモン剤(チラーヂンS)を補充すれば良いと考えます。
免疫チェックポイント阻害薬(ICI)による甲状腺中毒症[無痛性甲状腺炎(破壊性甲状腺炎)]の血液検査所見は、バセドウ病そのもので、甲状腺専門医が診てもバセドウ病と誤認する危険があります(偽性バセドウ病)。もちろん、本物のバセドウ病をおこす場合も少数ながらありますが・・・。
偽性バセドウ病の特徴は、
- 明らかにFT3優位の甲状腺中毒症(FT3/FT4比が高い);例えばFT3 10.9 pg/mL、FT4 2.92 ng/dL でFT3/FT4= 3.73 >2.5 [第64回 日本甲状腺学会 27-2 ニボルマブ、イピリムマブ投与後にTSHレセプター抗体(TRAb)上昇を伴う甲状腺中毒症と下垂体副腎皮質機能低下症を発症した一例]
- TRAbとTSAbが陽性、単に陽性でなく中等度~強陽性の場合も;例えばTRAb 5.0 IU/L とTSAb 827 %(<120%)(第64回 日本甲状腺学会 28-1 バセドウ病との鑑別を要した抗PD-1抗体による甲状腺irAEの1例)
- しかし、甲状腺超音波(エコー)検査で内部血流が乏しく、99mTc(テクネシウム)シンチグラフィーでも集積が少ない
甲状腺超音波(エコー)検査を行わずに、血液検査だけ(1.2.)ならバセドウ病そのものです。
筆者がPubMedで調べた限り、現時点で偽性バセドウ病に関する正式な英語論文はありませんでした。(Rev Endocr Metab Disord. 2018 Dec;19(4):325-333.)(J Clin Endocrinol Metab. 2021 Aug 18;106(9):e3704-e3713.)
※アミオダロン誘発性甲状腺中毒症2型(破壊性甲状腺炎型)も偽性バセドウ病を呈する可能性があります。
甲状腺機能低下症は、抗PD-1 抗体(ニボルマブ、ペムブロリズマブ)の0.5-3%、抗CTLA-4抗体(イピリムマブ)の2.3-6.5%に起きます。(JAMA Oncol. 2018 Feb 1;4(2):173-182.)
免疫チェックポイント阻害薬(ICI)、特にPD-1抗体による甲状腺機能障害(甲状腺irAE)の発症には、CD4陽性T細胞が必須で、活性化された細胞傷害性メモリーCD4陽性T細胞が甲状腺濾胞細胞を直接破壊する可能性があります。(Sci Transl Med. 2021 May 12;13(593):eabb7495.)
免疫チェックポイント阻害薬(ICI)による甲状腺機能障害(甲状腺irAE)が起これば、逆に原疾患(元の癌)の全生存期間は有意に延長[Ann Oncol. 2017 Mar 1;28(3):583-589.][Cancer. 2018 Sep 15;124(18):3706-3714.]
甲状腺機能亢進症/バセドウ病の再発・甲状腺眼症を除けば、甲状腺irAEを発症しても容易に対処できる場合が多いため、甲状腺irAE発症リスク患者が免疫チェックポイント阻害薬(ICI)の良い適応かもしれない。
免疫チェックポイント阻害薬(ICI)による内分泌異常は、異所性異時性(異なる場所、異なる時期)に発症します。複数の内分泌腺の障害が、同時、もしくは時間差を置いて発症。
免疫チェックポイント阻害薬(ICI)による甲状腺中毒症[無痛性甲状腺炎(破壊性甲状腺炎)]と下垂体炎の合併報告があります。特に、抗CTLA-4抗体と抗PD-1抗体の併用治療を受けている患者に起こり易く、下垂体炎と破壊性甲状腺炎の発症までの期間は短いです(Version 2. Genes Dis. 2016 Dec;3(4):252-256.)。
甲状腺中毒症[無痛性甲状腺炎(破壊性甲状腺炎)]の急性期が過ぎて、甲状腺機能低下期に続発性(下垂体性)副腎皮質機能低下症=ACTH分泌不全が起きた場合は、さほど問題にはなりません。先行して副腎皮質ホルモン(ハイドロコルチゾン)を投与・補充した後、甲状腺ホルモン剤を開始。(In Vivo. 2018 Mar-Apr;32(2):345-351.)
しかし、甲状腺中毒症[無痛性甲状腺炎(破壊性甲状腺炎)]の急性期に続発性(下垂体性)副腎皮質機能低下症が同時発症すると、過剰な甲状腺ホルモンが副腎皮質ホルモンを分解するため、副腎不全の重症度が増します。
報告例では、プレゾニゾロン(PSL)70mg/日の大量投与をおこない、甲状腺中毒症は沈静化して甲状腺機能も正常に回復するも、続発性(下垂体性)副腎皮質機能低下症は改善せず、ハイドロコルチゾン補充療法のみを継続したそうです。(第62回 日本甲状腺学会 P13-3 抗CTLA4抗体イピリムマブ投与にて破壊性甲状腺炎、薬剤誘発性 肺炎、下垂体炎など多彩な自己免疫関連有害事象を呈した悪性黒色腫の一症例)
また、ニボルマブ投与3ヶ月後に無痛性甲状腺炎(破壊性甲状腺炎)を発症し、ニボルマブ中止4ヶ月後に続発性(下垂体性)副腎皮質機能低下症→ACTH単独欠損症を発症した報告もあります。(J Med Case Rep. 2019 Mar 26;13(1):88.)
甲状腺中毒症[無痛性甲状腺炎(破壊性甲状腺炎)]の急性期が過ぎて、甲状腺機能低下期に原発性自己免疫性副腎皮質機能低下症(アジソン病)が起きた報告もあります。[Hormones (Athens). 2024 Feb 29. doi: 10.1007/s42000-024-00535-0.]
アテゾリズマブによる甲状腺機能亢進症/バセドウ病と続発性(下垂体性)副腎皮質機能低下症
無痛性甲状腺炎(破壊性甲状腺炎)は沈静化しますが、甲状腺機能亢進症/バセドウ病は治療しないと甲状腺ホルモンが低下しません。その状態に続発性(下垂体性)副腎皮質機能低下症が合併すると、過剰な甲状腺ホルモンが副腎皮質ホルモンを分解するため、副腎不全の重症度が増します。実際、アテゾリズマブでそのような病態がおこった日本甲状腺学会の報告があります。(第66回 日本甲状腺学会 P10-4 アテゾリズマブ使用中にバセドウ病と中枢性副腎皮質低下症による副腎不全を同時診断した1例)
筆者がPubMedで調べた限り、同様の報告は他にありませんでした(2024.5 現在)。
免疫チェックポイント阻害薬(ICI)も受容体型チロシンキナーゼ阻害薬も、機序は異なりますが高頻度に甲状腺機能障害(甲状腺irAE)をおこします。名古屋大学の統計では、免疫チェックポイント阻害薬(ICI)に受容体型チロシンキナーゼ阻害薬(TKI)を併用した場合の甲状腺irAEをICI 単独群と比較すると
- 破壊性甲状腺炎[4/23例(17.4%)対45/734例(6.1%)、p < 0.001]
- 甲状腺機能低下症[10/23例(43.5%) vs. 29/734例(4.0%)、p < 0.001]
- すべての甲状腺機能障害[14/23例(60.9%) vs. 74/734例(10.1%)、p < 0.001]
しかも、最初から甲状腺自己抗体[抗サイログロブリン抗体(TgAb)、抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(TPOAb)]陽性患者の甲状腺irAE発症頻度は、陰性患者に比べて有意に高い。[4/4(100%)対10/19(52.6%)、p = 0.026]。[Cancer Immunol Immunother. 2024 Jun 4;73(8):146.]
その他、免疫チェックポイント阻害薬(ICI)と受容体型チロシンキナーゼ阻害薬の併用療法として、
- 切除不能肝細胞癌に対するペムブロリズマブとレンバチニブの併用療法では、甲状腺機能低下症4%以下、破壊性甲状腺炎2%以下と少ない[BMC Cancer. 2021 Oct 19;21(1):1126.]。術後4日目の臨床検査で甲状腺機能低下症と下垂体機能低下症を認めたケース報告があるのみです[Surg Case Rep. 2021 Dec 20;7(1):267.]。
- 進行子宮体がん(子宮内膜癌)に対するペムブロリズマブとレンバチニブメシル酸塩の併用療法(KEYNOTE-775/E7080-309試験)では、甲状腺機能低下症を75%に、甲状腺機能亢進症(破壊性甲状腺炎のことでしょう)を15.4%で認めました。[Cancer Sci. 2022 Oct;113(10):3489-3497.]
免疫チェックポイント阻害薬(ICI)と受容体型チロシンキナーゼ阻害薬の併用療法で生じる甲状腺機能障害(甲状腺irAE)は、時間差を置いて現れるので厄介です。
進行子宮体がん(子宮内膜癌)に対するペムブロリズマブとレンバチニブメシル酸塩の併用療法で具体例を挙げると、
- (鳥取大学の報告)10週間後に甲状腺機能低下症、14週間後に破壊性甲状腺炎を伴う続発性(下垂体性)副腎皮質機能低下症に移行したそうです(第65回 日本甲状腺学会 P10-1 LenvatinibとPembrolizumabの併用療法開始後3か月以内に甲状腺機能異常症を観察した3例の臨床像)。上昇した甲状腺ホルモンが副腎皮質ホルモンを分解すれば、副腎クリーゼ(急性副腎不全)に至る危険性があります。
- (千葉大学の報告)18日後に潜在性甲状腺機能低下症、25日後に破壊性甲状腺炎による甲状腺クリーゼに。(第65回 日本甲状腺学会 P10-8 子宮体癌に対するペムブロリズマブとレンバチニブ併用療法後, 破壊性甲状腺炎による甲状腺クリーゼを発症した一例)。
などで、甲状腺機能低下症が先行した後に破壊性甲状腺炎に至るケースが多いようです。
海外では、甲状腺癌未分化癌(ATC)・甲状腺癌低分化癌(PDTC)に対してペムブロリズマブとレンバチニブの併用療法の治験が行われています。[Thyroid. 2021 Jul;31(7):1076-1085.][J Immunother Cancer. 2018 Jul 11;6(1):68.]
切除不能肝細胞癌に対し、免疫チェックポイント阻害薬(ICI)[抗PD-L1抗体 アテゾリズマブ]と抗VEGF抗体(ベバシズマブ)を併用投与した臨床試験(IMbrave150試験)において、甲状腺機能障害(甲状腺irAE)の発現頻度は、
- 甲状腺機能低下症 (8.8%)
- 甲状腺機能亢進症 (4.9%)
とされます[J Hepatol. 2022 Apr;76(4):862-873.](テセントリク+アバスチン併用療法にける副作用のマネジメントより)。
ここで問題なのは、甲状腺機能亢進症と記載されているのがバセドウ病なのか、破壊性甲状腺炎に伴う甲状腺中毒症なのか明確にされていない点です。あるいは上記の偽性バセドウ病なのかもしれません。
作用機序は違うものの、甲状腺機能障害をおこす頻度が高い2剤の併用なので、思わぬ経過を取る可能性があります。
1例として、切除不能肝細胞癌に対しアテゾリズマブとベバシズマブを3か月間併用投与後に甲状腺中毒症が発症。破壊性甲状腺炎と思いきや抗TSH受容体抗体(TRAb) 3.2 IU/mLで偽性バセドウ病の可能性。しかし、99mTcシンチグラフィーでは甲状腺にびまん性集積を認めたため、本当のバセドウ病と診断されてメチマゾール(メルカゾール)開始。1か月後にはベバシズマブによる甲状腺の組織破壊から永続性甲状腺機能低下症に移行。(第66回 日本甲状腺学会 O12-5 免疫チェックポイント阻害薬と抗VEGF阻害薬の併用療法により甲状腺免疫関連有害事象をきたした除不能な肝細胞癌の1 例)
さらに副腎不全、続発性副腎皮質機能低下症、横紋筋融解症、劇症1 型糖尿病が加わると、かなり複雑な病態になります。[Hepatol Res. 2023 Sep 23.]
免疫チェックポイント阻害剤(ICI)は、長期間安全に服用していた薬剤に対する免疫学的寛容を変化させる(薬剤アレルギーを惹起する)可能性があります。
免疫チェックポイント阻害剤(ICI)のニボルマブ(抗PD-1抗体)投与中、長期間(4年以上前から)安全に使用されていたプロトンポンプ阻害剤ランソプラゾールでランソプラゾール急性尿細管間質性腎炎(ATIN)をおこした報告があります。ランソプラゾール中止後、3日間で腎機能は急速に改善。ランソプラゾールの薬物誘発性リンパ球刺激試験(DLST)は陽性だったそうです。[BMC Nephrol. 2018 Feb 27;19(1):48.]
同様の事例を、日本甲状腺学会で鹿児島大学が報告しています。ニボルマブが原因の甲状腺irAE(破壊性甲状腺炎後の永続性甲状腺機能低下症)にレボチロキシン(チラーヂンS錠)投与中、薬剤性肝障害(アレルギー性肝障害)がおこり使用不能に。リンパ球刺激試験(DLST)では,プレドニゾロンとチラーヂンS錠 50μgが陽性。リオチロニンに変更して肝機能は改善したそうです。(第67回 日本甲状腺学会 P28-3 薬物性肝障害にて甲状腺機能低下症治療が難渋した一例)
免疫チェックポイント阻害薬(ICI)による下痢は、通常の抗がん剤による下痢とは異なります。重症下痢にはステロイド剤を投与。ロペラミド(ロペミン)などの止瀉薬は、かえって重症化させる危険があるため要注意。
無痛性甲状腺炎など甲状腺中毒症が起きている時は、下痢しやすいです(甲状腺ホルモンと便秘・下痢)。
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